<論文> コンテンポラリー・ダンスを専門としたアーティストの ダンス観が児童を対象としたダンス・ワークショップへ 与える影響 Influence of dance philosophies of contemporary dance artists on methods in dance workshops for children 安 達 詩 穂<上付>1)  八 木 ありさ<上付>2) Shiho ADACHI and Arisa YAGI Abstract  The purpose of the present study was to show what the dance philosophies of contemporary dance artists influenced on the dance workshops for children through the contemporary dance artist's own contents of the stories. Using interview research and analysis using method modified-grounded theory approach, that data were collected from four contemporary dance artists. It was content for dance philosophies, dance workshop methodology, and way of thinking about that relationship. The results indicated 3 categories, including 10 subcategories, and 22 concepts. And the attitudes to accept the variety of values including things that accept not as dance until now, and the dance philosophies of the personality expression through freewheeling thinking influenced on dance workshop methodology. These things common to the what is considered important in dance classes in school education. For example, they are“The removing the awareness that is not good at dance”and“The education philosophies of Goal-free”. And the contemporary dance artist has the improvisation skills agreeable to participant. This skills are used mainly“The time of playing and improvisation”in the dance workshops for children. Accordingly, contemporary dance artists has originality method of dance workshop for children.  Keywords :contemporary dance, workshop for children, dance philosophies, method of facilitation in dance T. 研究の背景 1. ダンス・ワークショップの広がり  中野は,ワークショップ(以下WS)の定義を,「講義などの一方向な知識伝達のスタイルではなく,参加者が自ら参加・体験して共同で何かを学びあったり,創り出したりする学びと創造のスタイル」であるとしている(2011,p.11).学校教育の中では,教師と児童・生徒,児童・生徒同士が交流しながら主体的に進めるような授業は「講義型」と対比して「WS型」と呼ばれる.そして体育の中でも,「目標にとらわれない評価」の実践のために有効な方法であると評価され(鈴木・塩澤,2006),体育の中のダンスにおいてもWSという方法が注目されている(松本・濱田,2011;高橋,2014).  教師自らが行うWS型のダンス授業とは別に,特に芸術家による小学校児童を対象としたダンスWSがコミュニケーション教育に有効であるとする者もいる(高橋ほか,2013).先述の中野は,WSの分類において,ダンスWSを「アート系」と位置づけているが,ダンスWSには表現を中心とする「アート系」でありながら,「児童生徒のコミュニケーション能力の育成に資する芸術表現体験事業(以下,芸術表現体験事業)」などで行われる「教育系」のWSと考えられるものや,コミュニティ・ダンスと呼ばれる地域活性化事業の一環として行われる「まちづくり系」と結びついたものもある(木野,2016).さらに,「年齢・性別・国籍・障がいの有無など様々な境界を越えて,あらゆる人が参加できる」ダンスWS実践を通じて,「社会問題解決の糸口をつかむ」ことが可能になる(岩澤,2014)とする者もいる.  このようにダンスWSは,アートの創造体験を共に楽しみ学ぶということを道具として,学校教育やコミュニティづくり,社会教育に役立てるべく活用されることがある.  日本でNPOなどを中心に2000年ごろから,また文部科学省の「芸術表現体験事業」としては2010年から取り組まれている,芸術家によるダンスWSは,イギリスのクリエイティブパートナーシップやアメリカのティーチングアーティストなどの制度を参考に導入されているが,英米ではこれらを実践する指導者の育成に関する仕組みについて検討した研究が多く発表されている(Huddy & Stevens,2011;Risner,2012)のに対して,日本ではダンスWSの成果を検証した研究が少ないことが問題視されている(苅宿,2013;富田,2012;吉本,2011).  日本におけるダンスWS実践の成果について実証や論考した研究としては,原田(2012)の,ダンスWSに参加した高校生へのインタビュー調査から自己と他者の「個性」を認識し尊重しあうことや,“現在(今)の自分”を受け容れることなどの高校生の気付きをまとめたものや,コミュニティ・ダンスWSに参加した大学生に対して「二次元気分尺度」などの尺度を用いて行った調査から参加者がポジティブな心理状態へと気分を高めることを明らかにした白井(2012)による研究などがある.また先述の岩澤(2014)は,札幌市地域住民を対象とした実践をもとにコミュニティ・ダンスWSの社会的有用性について論考を加えているが,その目的は,創造性を引き出し共有するというプロセスをいかに引き出すかというファシリテーションの方法論を明らかにすることであった.  しかし,文部科学省の「芸術表現体験事業」はこれまで小学校を中心に実施されている(木村,2010).行政の関心は,次代を担う児童や生徒の教育に資することであり,この関心に応えるためには,児童や生徒を対象としたダンスWS実践の効果検証をより多く示すことが必要であるといえる. 2. コンテンポラリー・ダンスに期待されていること  「芸術表現体験事業」で採用されているダンスWSや,コミュニティ・ダンスWSでは,多くの場合にコンテンポラリー・ダンスが用いられている<上付>(1).このように活用されているコンテンポラリー・ダンスはそれぞれの場面において,どのような効果があると考えられているのか.  文部科学省は,2010年より<コミュニケーション教育推進会議>を設置し,コミュニケーション能力を推進する具体的な方策や普及のあり方を検討している.その一環として開始されたものが「芸術表現体験事業」である.従って,「芸術表現体験事業」に期待される効果は,<コミュニケーション教育推進会議>で定義しているコミュニケーション能力「いろいろな価値観や背景をもつ人々による集団において,相互関係を深め,共感しながら,人間関係やチームワークを形成し,正解のない課題や経験したことのない問題について,対話をして情報を共有し,自ら深く考え,相互に考えを伝え,深め合いつつ,合意形成・課題解決する能力」(コミュニケーション教育推進会議,2011,p.5)を促進することであると考えることができる.また岩澤のコミュニティ・ダンス研究では,境界を超えて問題解決の糸口を掴むことがコミュニティ・ダンスの主たる効果であると前提されている.これらの共通点は,対象者の年齢や性別そして価値観を超えて関わりあいを生み出すところにあると考えることができ,WSの道具として用いられるコンテンポラリー・ダンスへの期待はここにあると推察することができる. 3. ダンス観の影響  教育場面では一般に,期待と目標があって指導法が考案される.学校教育においても,何を身につけさせたいかという目標と学習内容の特徴から指導法を選択する.ダンスを用いた教育であれば,指導者がダンスをどのようなものであると捉えているか,ダンスがどういったことを媒介することに期待しているかという「ダンス観」と,その方法論には相関があると考えることができる.同様に,ダンスWSにおけるファシリテーターのダンス観はダンスWSの方法に影響するといえる.  コンテンポラリー・ダンスを用いたWSでは対象者の年齢や性別そして価値観を超えて関わりあいを生み出すことが目標にされているとすると,そのWSを実施するファシリテーターのダンス観もダンスのこうした特徴を評価し活用しようとする態度を背景に持つことが予想される.一方,堤(2003)はアーティストがWSを実施する目的は様々であると述べている.体育科の中のダンス授業から離れて行われる「芸術表現体験事業」やコミュニティ・ダンスでは,ファシリテーターとなるアーティスト個人のダンス観が反映されやすいと考えられる上,コンテンポラリー・ダンスはそのアーティストごとの考え方が多様であることに特徴があるともされている(牛山,1997).  これらを受け浮かんでくる問いは,特に小学校児童(以下児童)を対象としコミュニケーション能力促進を目標とした教育事業の中でのダンスWSを前提とした時にも,ダンス観やそこから生まれる方法論に,ファシリテーターとなるアーティストごとの個人差があるものなのか,ということである.さらに,これらを説明する資料は,アーティスト自身の思考内容と実践されたWSの客観的評価の照合により得られるものであると考えられるが,現状ではアーティストによるWSの客観的評価を行うための尺度が未整備である.そこで,まずはアーティスト自身の言葉で語られたダンス観とWS実践に対する考え方を分析し,客観的評価のための尺度を検討することが必要である.こうしてダンスWSを実践するアーティストのダンス観とWSの方法論の関係やその個人差が明確になれば,コンテンポラリー・ダンスを用いたより効果的な教育実践への示唆が得られると考える. U. 研究目的  本研究の目的は,コンテンポラリー・ダンスを専門とするアーティストのダンス観が児童を対象とした教育事業としてのダンスWSの方法論にどのように影響しているのかを,アーティスト自身の言葉から明らかにすることである. V. 方  法  本研究では,アーティスト自身が語るダンス観やWSの方法論を抽出する為にアーティストへのインタビュー調査を実施し,発言内容を質的方法で分析した. 1. インタビュー対象者  インタビュー対象となったアーティストの特性を表1に示す.コンテンポラリー・ダンスを専門とし,ダンスWS実施経験の豊富なアーティストを,偏りなく抽出するため,四方田ほか(2013)の目的的サンプリングを参考に,アーティストを教育の現場に派遣するという事業の実績がある団体(茂木と郡司,2013)である<特定非営利法人 芸術家と子どもたち><上付>(2)の事業の中で身体表現のWSを実施した経験があるアーティスト61名の中から年齢,性別を勘案して選定した.  表1より,4名のアーティスト(男性2名,女性2名)は,約10〜20年のコンテンポラリー・ダンス経験歴を有し,エリクソンの「10年ルール」(山内と森と安斎,2013)によれば,4名ともアーティストとしての熟練者であることが確認された.また,カンパニーを主催するA2とA4は,昨年1年間実施したWSの回数は2回であり,A1とA3に比べて少ない.しかし,A2はダンスWSの方法が評価され,<NPO法人 ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワーク><上付>(3)の「学校の先生のための舞踊教育」の教材提供をしている.A4は<財団法人 地域創造><上付>(4)の行う「公共ホール現代ダンス活性化事業」の登録アーティストを担っていた経歴がある.よって,4名とも十分なダンスWS実施経験を有する者であるといえる. 2. 調査内容と調査実施の手続き  調査は,アーティストの考えの流れを大切にしつつ所期の事柄について聴き取るために,半構造化インタビューの手法で行われた.インタビュー・ガイド(表2)は,先行研究(松井,1998;佐東,2010)で示されたアーティストへのインタビュー項目を参考に,本研究者と舞踊学の知識を有する大学教員との協議の上作成された.  インタビューは2015年3〜4月の間で,実施される環境条件が4名の間でなるべく同等となるよう統制して実施した.調査前に研究目的と方法,人権擁護に関する説明を行い,インタビュー調査の実施と録音について承諾を得た.  質問の順序は,鈴木(2005)を参考に,年齢などの答えやすいと考えられる内容から,コンテンポラリー・ダンスの具体的な経験とダンス観へと,本人の意識を引き出せるよう工夫し,配列した.また,4名のアーティストは,未就学児から高校生までの対象者へのダンスWS実施経験があったため,インタビュー時に質問者が用いる「児童」ないし「子ども」という語は小学生を指すことを始めに説明した.  インタビューは各回約1時間で行われ,すべての発言内容はICレコーダーに録音され,それを基に逐語録を作成した.発言量は,それぞれA1は4308字,A2は6123字,A3は6970字,A4は6390字であった. 3. 分析方法  分析方法には,インタビュー調査を用いた質的研究方法である修正版グラウンテッド・セオリー・アプローチ<上付>(5)(以下,M-GTA)を参考とした.M-GTAは分析手順が明確に示されていて,隣接領域での先行研究(苅宿ほか,2012;寺山・細川,2011;四方田ほか,2013)が多い上,特に「データに密着した分析から独自の説明概念をつくって,それらによって統合的に構成された説明力に優れている」,「研究者によってその意義が明確に確認されている研究テーマによって限定された範囲内における説明力にすぐれた理論である」,「『研究する人間』の視点を重視する」という3点の特徴が,本研究の目的と合うものであると考えた. 4. 分析手順 (1) オープンコーディング  本研究では,その人物の特徴となる情報を抽出するために,出現回数が少ないデータにも注目する必要があるため,形態素解析の手法は用いずに,意味の分かるまとまりのある文章(以下,これをコードとする)を切り出した. (2) 選択的コーディング  苅宿ほか(2012)のコミュニケーション・デザイン教育の学習成果を示すことを目的に行われた研究を参考に,本研究で,ダンス観のダンスWSの方法論への影響を確かめるために設定していたインタビュー項目を,カテゴリー生成の参考とした. (3) 結果図の作成  「選択的コーディング」で生成された概念ごとに分析ワークシートを作成し,ストーリーラインを書いた上で,結果図を作成した.分析ワークシートのうち,ダンス観の影響に関わる内容の1つである「概念6 ダンス作品の創作方法」を例として表3に示す. (4) 妥当性の確保  質的研究の妥当性を高めるための方策には再テスト法や複数の研究者の視点を導入するトライアンギュレーション,反証事例の検討があげられる.また,鈴木によれば,半構造化インタビュー調査実施時は,信頼性ではなく,信憑性<上付>(6)の確保が重要とされている(2005,pp.16-17).そこで本研究では,信憑性の確保を重要視し,妥当性の確保のためにインタビュイーへの解釈の確認の作業と補足のインタビュー調査,複数の研究者(舞踊学の知識を有する高校教師1名と大学教員1名)による分析を行った. W. 結  果 1. カテゴリーと概念  分析の結果,3個のカテゴリーとそれぞれに含まれる10個のサブカテゴリー,22個の概念が抽出された.これらの構成と各概念が抽出されたアーティストを表4に示す.なお,各概念の定義と具体例は表5に示す.  以下に,カテゴリーを【 】,サブカテゴリーを『 』,概念を< >で示す.まず,【ダンス観】のカテゴリーは,『ダンス観の基盤となっている経験』,『コンテンポラリー・ダンスの捉え方』,『ダンス作品創作に関する価値観』の3個のサブカテゴリーで構成された.このうち,『ダンス観の基盤となっている経験』は<自分の意思での選択>,<重要人物との出会い>,『コンテンポラリー・ダンスの捉え方』は<発想の転換>,<自由>,『ダンス作品創作に関する価値観』は<ダンス作品の特徴>,<ダンス作品の創作方法>,<ダンサーの存在>の各概念で構成された.【ダンスWSに関わること】のカテゴリーは,『目的』,『進行方法と進行時の態度』,『ワーク』,『対象者,環境,実施条件への対応』の4個のサブカテゴリーで構成された.このうち,『目的』は<自分らしさ>,<苦手意識の払拭>,<楽しさ>,<非日常体験>,『進行方法と進行時の態度』は<対象者に合わせた即興的な展開>,<アーティストとして接する>,『ワーク』は<遊びと即興>,<コミュニケーション>,<鑑賞>,<振付>, 『対象者,環境,実施条件への対応』は<判断材料>の各概念で構成された.そして,【ダンス観がダンスWSに影響していると捉えていること】のカテゴリーは,『ダンス作品創作に関する価値観』,『進行方法と進行時の態度』,『相違点』の3個のサブカテゴリーで構成された.このうち,『ダンス作品創作に関する価値観』は<ダンス作品の特徴>,<ダンス作品の創作方法>,『進行方法と進行時の態度』は<対象者に合わせた即興的な展開>,『相違点』は<目的>の各概念で構成された. 2. 共通して抽出された概念と抽出人数が異なる概念  4名から共通して抽出された概念は,【ダンス観】における<自分の意思での選択>,<重要人物との出会い>,<ダンス作品の特徴>,<ダンス作品の創作方法>,<ダンサーの存在>と,【ダンスWSに関わること】における<自分らしさ>,<非日常体験>,<対象者に合わせた即興的な展開>,<遊びと即興>,<振付>,<判断材料>,【ダンス観がダンスWSに影響していると捉えていること】における<ダンス作品の創作方法>,<目的>の13個の概念であった.  一方で,【ダンス観】における<自由>,【ダンスWSに関わること】における<楽しさ>,<アーティストとして接する>,<コミュニケーション>は3名のアーティストから抽出された.【ダンス観】における<発想の転換>,【ダンスWSに関わること】における<苦手意識の払拭>,【ダンス観がダンスWSに影響していると捉えていること】における<ダンス作品の特徴>,<対象者に合わせた即興的な展開>は2名のアーティストから抽出された.そして,【ダンスWSに関わること】における<鑑賞>はA4のアーティストからのみ抽出された. 3. 結果図  ダンス観とダンスWSの関係を図1に示した.  図1より,ダンス観については,ダンス観を形成する基盤となっている経験があり,その経験が影響したコンテンポラリー・ダンスの捉え方や,ダンス作品創作の価値観で構成されている.そして,そのダンス観はダンスWSの目的,進行方法と進行時の態度,ワーク,対象者や環境,実施条件への対応へと影響している.しかし,WSの目的,進行方法と進行時の態度,ワークの中にはダンスWS独自の考え方や方法も存在している.  ダンス観がダンスWSへと影響している具体的な内容には,コンテンポラリー・ダンスの捉え方の目的への影響,ダンス作品の創作方法のWSの内容への影響,対象者に合わせた即興的な展開という同様の態度が挙げられた.例えば,ダンス作品は一方向的な振付を指導し習得させるという関係ではなく,「作品を創ってる時に思うんだけど,最終的に振付をしても,最終的にやるのはダンサーで,ダンサーのものになるような気がして.」というコードに現れるようにダンサーを尊重して創作する方法を重視するというダンス観がある.一方で,ダンスWSの進行時も,「子ども達からキャッチすることでコミュニケーションとっていっているような感じで大体進める(省略)」と,一方向的な指導ではなく児童を尊重するという考え方を重視している.  つぎに,アーティストがファシリテーターとしてダンスWS実施時にのみ設定している目的に関するコードを以下に示す.「なんか先生にならないようにしようって思ってるかな.あの人めっちゃ楽しそうやんみたいな人になりたい.」というコードからは,自身のダンス観を反映させてダンスWSを行う姿勢ではなく,児童に対し,先生には担うことのできない役割を担いたいというファシリテーターとしての意識がある.また,「ある程度の時間使ってトレーニングしていくっていうカンパニーのあり方と,たった1回か2回会ったこどもたちにダンスの楽しさを伝えるなら,良く分からないこととかすごい時間のかかることっていうのは, なかなか教えづらいよね. (省略) 簡単に言えばテクニカルなことは気にしない.子どものワークショップは.」と,アーティストとしての自分とファシリテーターとしての自分を切り替えて接していることも確認された.  よって,アーティストはダンス観が影響した目的や内容をダンスWS時に実施しつつも,対象者に合わせ,アーティストとしての自分のみならず,ファシリテーターとしての自分として立場を切り替えて進行を行っていることが示された. X. 考  察 1. コンテンポラリー・ダンスの捉え方とダンスWSの目的  本研究で対象としたアーティストのコンテンポラリー・ダンスの捉え方には2つの特徴があった.1つは,コンテンポラリー・ダンスは多様な価値観を認めて今までダンスだと思われていなかったことをダンスとして受け入れたものである,という捉え方(概念<発想の転換>)であり,もうひとつは,コンテンポラリー・ダンスは自由なダンスである,という捉え方(概念<自由>)である. (1) 発想の転換  例えばA2は,今まで経験してきたダンスやテレビで観たことのあるダンスに苦手意識を感じている児童に対し,それらとは異なる誰でもできるダンスがあることを体験させることが自分のダンスWSの意義であると述べている.アーティストはコンテンポラリー・ダンスを<発想の転換>をすることにより多様な価値観を認めるものと捉え,ダンスWSに際しては児童の苦手意識を払拭する上でこのコンテンポラリー・ダンスの特徴を活用できると考えていると考えることができる.  ダンス授業についての実践研究を続ける中村(2012,p.7)は,「『決まったことを覚える』(省略)というイメージを変えて,『自分たちが知っていたりできたりすることを生かせばいいんだ!』(省略)と思わせたい.」と述べており,A2と同様の目的を設定しているといえる.一方,高橋は,文部科学省による「芸術表現体験事業」で行われる芸術家によるWSと「表現」や「創作ダンス」の学習では同様にコミュニケーション能力の促進を目的としているが,アーティストはこの内容を指導する際に必要な「非言語コミュニケーションや即興的に対応したりすることにたけている(2012,p.16).」としている. (2) 自由  A1は,例えば高くてきれいなジャンプができるようになるということは今までの少し不格好なジャンプはできなくなるということで,いつもその時の自分にしかできない動きがあるということとその良さを自由に踊ることで会得して欲しいと発言している.このように,自由にダンスするという考え方(概念<自由>)は,ダンスWSの目的のうち,自由な発想で身体を解放することを通して自分らしさをだすこと(概念<自分らしさ>)という目的に影響していると考えられる.  コンテンポラリー・ダンスを専門としたアーティストの1人である井手茂太のダンス観とダンス・セラピーの考え方が共通していることを示した平館(2013)は,コンテンポラリー・ダンスにおけるダンス作品は,ダンサーを縛り付けるような振付を是とせず,自由な身体動作,「その人らしい動き」を積極的に取り入れていることを指摘している.<自分らしさ>を表現するという目的からは,ひとつのゴールではなく個人に合わせたゴールが生まれる.ゴールフリー型の学習は,ダンス授業やプロセスを重視する総合的な学習の時間において重視されている(村田,1999). (3) 価値の多様さや自分らしさの尊重  ここで,これら2つの特徴を合わせて考えると,アーティストはコンテンポラリー・ダンスを,それぞれの独自な発想や独自の身体によって行うものと捉えており,この特徴を用いて「苦手意識の払拭」を行おうとする場合と,「自分らしさ」の解放を目的とする場合がある,と考えることができる.この独自な発想や独自の身体を根底に据えたコンテンポラリー・ダンスの捉え方から生まれるダンスWSの方法論は,ダンス授業で重要とされることと共通している.さらには,アーティストとしてのダンス活動の過程でこのようなダンス観を形成しているアーティスト達は,多様な価値観を認めることや自分らしさを認めることを集中して追求した経験があると推察され,価値の多様さや自分らしさを尊重することに対して敏感な感覚を持つのではないか.そのようなコンテンポラリー・ダンスを専門としたアーティストの特性がダンスWSで発揮されていると考えられる. 2. ダンス作品の創作方法とダンスWSの内容  本研究で対象とした4名のアーティストのダンス作品の創作方法は,アーティストによって異なる特徴があった.しかし,一方向的な振付ではなく,ダンサーとともに考え,双方向的なコミュニケーションの上で作品を創るという点と,その具体的な方法としてダンサーの即興ダンスから着想するという点(概念<ダンサーの存在>,概念<遊びと即興>,概念<コミュニケーション>)が,ダンスWSの内容へ影響していることが明らかになった.  また,ダンスWS実施時は,「遊びと即興のワーク」(概念<遊びと即興>)を4名全員が取り入れていることが示された.  一方で,「アーティスト自身のダンスを鑑賞させるワーク」に関しては,ダンスWSの目的の1つである「非日常体験」や,進行時に意識している「アーティストとして接する」という態度が反映されたワークであると考えられる(概念<非日常体験>,概念<アーティストとして接する>).しかし,「アーティスト自身のダンスを鑑賞させるワーク」に関する発言があったのはA4のアーティストのみで,「遊びと即興のワーク」に比べ,誰もが常に意識しているというわけではない可能性が示唆された.  そして,「振付のワーク」は実施条件によっては行わない場合があるというアーティストと,なるべく行わないというアーティスト,対象者に意欲があれば行うというアーティスト,振付を用いた方が身体が自由になると感じた場合に行うというアーティストに分かれた.  以上より,アーティストのダンス観が影響したワークは「遊びや即興のワーク」が中心であることが確認された.また,「アーティスト自身のダンスを鑑賞させるワーク」については1名のアーティストがこれに伴って生じる非日常体験という効果とその重要性について述べたが,他3名からは抽出されなかった.その理由は,WS体験の中では自分らしさを優先して欲しいという意図から,アーティスト自身のダンスが正解として認識されることを懸念しているためと推測された.そして,「振付のワーク」に関してはダンスWSの実施条件や対象者の様子に合わせて行うという点で,ダンス観とは独立したワークである可能性があると考えられる. 3. 即興的な展開と対象者に合わせた対応  本研究で対象としたアーティスト全員が,ダンスWSの対象者に合わせた即興的な展開という特徴と,対象者,環境,実施条件に合わせて内容を変更するという姿勢を挙げた(概念<対象者に合わせた即興的な展開>,概念<判断材料>).  ロブマンとルンドクゥイスト(2016)は日常生活を即興の連続であると捉えており,子どもたちの発言や行動にもとづいて活動を変更できるという即興的な展開の力は,教育者として重要な能力であると指摘し,授業で即興を取り入れたシーンづくりを行うことは学級創りに効果的であるとしている.前述したように,アーティストはダンサーとともに考え,ダンサーの即興ダンスから着想するというダンス作品に関する価値観の下,ダンス作品を創作している.アーティストはこの作品創作の経験を通して即興的に展開,対応する力を身につけ,ダンスWSに活かしていると考えることができる.臨機応変にその場に必要なことを感じ取り,行動するというWSにおける即興的な展開の能力には,コンテンポラリー・ダンスに共通のダンス観の影響があると考えることができる.  さらに本研究のインタビュー調査では,コンテンポラリー・ダンスの作品の特徴のひとつとして,作品創作の動機や,創作する作品の目的やテーマなどによって作品に用いる動きが毎回異なることが述べられた.これらのことから,本研究で対象としたアーティストは対象,目的に合わせて作品や作品の創り方自体を変化させるべきとするダンス観を持ち,このダンス観は,ダンスWSで対象者に合わせてワークを選び,その時の様子に対応して進行するような即興的な展開を心がけている態度と相互に関係していると考えられる. Y. まとめ  本研究では,コンテンポラリー・ダンスを専門とするアーティストのダンス観が児童を対象とした教育事業としてのダンスWSの方法論へどのように影響しているのかを明らかにすることを目的に,4名のアーティストへのインタビュー調査と,そこで得られた発言内容に対してM-GTAを参考とした分析を行った.  その結果,多様な価値観を認めて今までダンスだと思われていなかったこともダンスとして受け入れるという姿勢や,自由な発想で身体を解放することを通して自分らしさを表現するというダンス観と,ダンスWS方法論の関係が明らかとなった.これらには苦手意識の払拭やゴールフリーなど,学校教育で行われるダンス授業で重視されている事柄と共通する点があった.  また,対象者に合わせた即興的な展開をする能力に優れたアーティストはそのダンス観を主に遊びと即興のワークに活かしており,さらには対象者に合わせるというダンス観を基盤として,ダンス観と独立しているように見える方法や姿勢も,身につけていることが示された. 注 (1) 吉本(2008)によれば,英国のコンテンポラリー・ダンスは,バレエと違って観客が少なかったため,多くのカンパニーが地域での教育活動に取り組むことで普及を図り,観客を開拓しようとしたことも,コミュニティ・ダンスが定着した背景だとされている. (2) <特定非営利法人 芸術家と子どもたち>1999年に発足,2001年からNPO法人として活動を行う.現代アーティストと,いまの子どもたちが出会う「場づくり」を提供する活動を行っている. (3) <NPO法人 ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワーク>コンテンポラリー・ダンスを,「テーマやダンスムーブメントに同時代を感じ共感し得ることができ,オリジナルなムーブメントの発明・開発や,先駆的なダンスの価値の提示を目指すもの」と捉え,1998年より社会とダンスの接点を創る活動を行っている. (4) <財団法人 地域創造>1994年に設立し,地方団体の要請に応えて文化・芸術の振興による創造性豊かな地域づくりを支援することを目的に活動を行っている. (5) 修正版グラウンテッド・セオリー・アプローチ 木下(2003;2007),戈木クレイグヒル(2012)によれば,元々は,社会学の領域で「理論産出」型の研究の大切さを主張したことに由来して,StraussとGlaser(1967)によって開発されたグラウンテッド・セオリー・アプローチという研究手法がある.この研究手法は,開発者2名の間で異なる方向に発展し,それぞれのアプローチと,それが改善され,版が重なっていった.そしてその後,日本で開発されたのが,修正版グラウンテッド・アプローチ(M-GTA)である. (6) 信憑性 鈴木(2005)は,研究において求められる信頼性と妥当性のうち,信頼性については,何度行っても同じような結果になることとしており,質的研究においては信頼性の確保は難しく,信憑性(作業,分析,発見などについてできるだけ詳しく記述し,調査を透明化すること)の確保の重要性を指摘している. 引用文献一覧 1) コミュニケーション教育推進会議(2011)子どもたちのコミュニケーション能力を育むために〜「話し合う・創る・表現する」ワークショップの取組〜,文部科学省:東京. 2) 原田純子(2012)ダンス・ワークショップにおける学びについての一考察−創作経験とグループ活動の意味−,日本女子体育連盟学術研究 28:17-29. 3) 平館ゆう(2013)井手茂太のダンス観とダンス・セラピーの交差する眼差し−ダンスがもたらす自由と「その人らしい動き」をめぐって−,東京藝術大学音楽学部紀要 39:99-112. 4) 星野欣生(2010)ファシリテーターは援助促進者である:ファシリテーター・トレーニング第2版:自己実現を促す教育ファシリテーションへのアプローチ(津村俊充,石田裕久編),p.7-11,ナカニシヤ出版,京都. 5) Huddy, A. & Stevens, K. (2011) The Teaching artist : a model for university dance teacher training, Research in Dance Education 12(2) : 157-171. 6) 岩澤孝子(2014)ダンスによるコミュニケーションが生み出すコミュニティ:札幌市のコミュニティダンスを事例として(特集 芸能の力),民族芸術 30:69-73. 7) 岩澤孝子(2016)現代社会とコミュニティダンス−コミュニケーション教育への応用可能性−,科学研究費助成事業 研究成果報告書,   https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-23650369/23650369seika.pdf(参照日2016年11月27日). 8) 苅宿俊文(2013)まなびほぐしの現場としてのワークショップ:ワークショップと学び1 まなびを学ぶ(苅宿俊文ほか編著),p.69-116,東京大学出版会,東京. 9) 苅宿俊文ほか(2012)コミュニケーション・デザイン教育における学習効果の視覚化,教育メディア研究 18(1&2):1-11. 10) 木村浩則(2010)アートを通じたコミュニケーション教育とその課題,文京学院大学人間学部研究紀要 12:97-112. 11) 木野彩子(2016)コミュニティダンスの日英の現状からみたプロモーション再考,地域学論集 鳥取大学地域学部紀要 38(1):109-129. 12) 木下康仁(2003)グラウンテッド・セオリー・アプローチの実践,弘文堂,東京. 13) 木下康仁(2007)修正版グラウンテッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)の分析方法,富山大学看護学会誌 6(2):1-10. 14) 松井憲太郎(1998)主体と集団の発見:PTパブリックシアター(佐藤信ほか編),p.42-45,世田谷区コミュニティ振興交流財団世田谷パブリックシアター,東京. 15) 松本大輔,濱田敦志(2011)「ワークショップ形式」を導入した「多様な動きをつくる運動遊び」の授業づくり,女子体育 53(1):32-37. 16) 村田芳子(1999)ダンス学習の新たな可能性と課題,日本体育学会大会号 50:64. 17) 茂木一司,郡司明子(2013)小学校におけるワークショップ型学習に関する実践研究−お茶の水女子大学附属小学校の事例−,群馬大学教育学部紀要 芸術・技術・体育・生活科学編 48:53-66. 18) 中村なおみ(2012)オリエンテーションとリズムに乗って踊ってみよう:明日からトライ!ダンスの授業(全国ダンス・表現運動授業研究会編),p.6-9,大修館書店,東京. 19) 中野民夫(2001)ワークショップ−新しい学びと創造の場−,岩波書店,東京. 20) Risner, D. (2012) Hybrid lives of teaching and artistry : a study of teaching artists in dance in the USA, Research in Dance Education 13(2) : 175-193. 21) ロブマン,キャリー,ルンドクゥイスト,マシュー:茂呂雄二訳(2016)インプロをすべての教室へ 学びを革新する即興ゲーム・ガイド,p.1-13,新曜社,東京. 22) 戈木クレイグヒル滋子(2012)実践グラウンテッド・セオリー・アプローチ 現象をとらえる,新曜社,東京. 23) 佐東範一(2010)コミュニティダンスのすすめ,ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワーク,東京. 24) 白井麻子(2012)コミュニティダンス・ワークショップの参加体験とイメージに関する研究:大学生を対象として,大阪体育大学紀要 43:53-65. 25) 鈴木直樹,塩澤榮一(2006)ワークショップ形式を導入した「体力を高める運動」の実践提案,体育科教育学研究 22(1):25-34. 26) 鈴木淳子(2005)調査的面接法の技法,ナカニシヤ出版,京都. 27) 高橋るみ子(2012)芸術家とのかかわりから生まれるもの,女子体育 54(12・1):2-17. 28) 高橋るみ子ほか(2013)小中一貫教育支援:コミュニケーション能力の向上を目的としたダンス学習の成果と課題〜宮崎大学教育文化学部附属学校の取組〜,宮崎大学教育文化学部附属教育実践総合センター研究紀要 21:141-157. 29) 高橋るみ子(2014)ワークショップ型で輝くダンス授業,体育科教育 62(1):40-43. 30) 寺山由美,細川江利子(2011)表現・創作ダンスの学習における「即興表現」の指導とその捉え方−実践を続けてきた4人の教諭に着目して−,日本女子体育連盟学術研究 27:21-38. 31) 富田大介(2012)コンテンポラリー・ダンスの社会的機能に関する研究−教育と福祉の観点から−科学研究費助成事業 研究実践報告書,   https://kaken.nii.ac.jp/pdf/2013/seika/CFZ19_11/14401/24820023seika.pdf,(参照日2015年12月1日). 32) 堤康彦(2003)子どもたちの想像力を育む アート教育の思想と実践:アーティストと子どもたちの幸福な出会い(佐藤学,今井康雄著),p.247-265,東京大学出版,東京. 33) 牛山眞貴子(1997)コンテンポラリーダンスの舞踊観,愛媛大学教育学部保健体育紀要 1:119-128. 34) 山内祐平,森玲奈,安斎勇樹(2013)ワークショップデザイン論−創ることで学ぶ−,慶応義塾大学出版会,東京. 35) 四方田健二ほか(2013)小学校教師の体育授業に対するコミットメントを促す要因の質的研究,体育学研究 58(1):45-60. 36) 吉本光宏(2008)コミュニティダンスの基礎知識@ 英国のコミュニティダンスの歴史と現状制作基礎知識シリーズ 29,   http://www.jafra.or.jp/j/library/letter/163/series.php(参照日2016年11月27日). 37) 吉本光宏(2011)芸術文化のさらなる振興に向けた戦略と革新を−新生「日本アーツカウンシル」への期待 文化庁月報 517,   http://prmagazine.bunka.go.jp/pr/publish/bunkachou_geppou/2011_10/special/special_03.html(参照日2015年12月13日). (平成28年9月16日受付 平成28年12月21日受理)