<論文> 保健体育科教職志望学生における 保健体育教師イメージの変容 −模擬授業とその省察を中核に展開した教科教育法の前後に着目して− The change of preservice Health and Physical Education teachers' images regarding the“HPE teacher”: From the viewpoint of before and after subject teaching method courses focused on simulated class and their reflection 須 甲 理 生<上付>1)  助 友 裕 子<上付>2) Riki SUKOU and Hiroko SUKETOMO Abstract  The purpose of this study was to examine the change of preservice Health and Physical Education teachers (HPE teachers)' images regarding the“HPE teacher”from the viewpoint of before and after subject teaching method courses focused on simulated class and their reflection. Participants were 124 preservice HPE teachers who took subject teaching method courses at the college. They were selected because they possess a will to be a HPE teacher. Data were collected through metaphor-making tasks. Preservice HPE teachers were asked to make metaphors regarding the“HPE teacher”. They were analyzed using KJ method. As a result, the following four points were clarified. Firstly, the amount of metaphor created by preservice HPE teachers increased from before to after subject teaching method courses. Secondly, preservice HPE teachers made metaphors as“profession”and“humanity”both before and after. Thirdly, images of HPE teacher in the pre survey were teachers who have educational affection, sports universal, friendly, scary and severe. Finally, in the post survey, preservice HPE teachers formed images of HPE teachers who are professionals to guarantee learning outcomes, perform reflective practice and teaching material research to improve their PE classes and possess various teaching methods. In addition, images of HPE teachers such as longing and respect as professional teaching was formed in post survey.  Keywords :images of the“HPE teacher”, metaphor, preservice HPE teachers, teachers' belief, HPETE T. はじめに  文部科学省<上付>31)は,平成27年12月21日,「これからの学校教育を担う教員の資質能力の向上について〜学び合い,高め合う教員育成コミュニティの構築に向けて〜(答申)」を公表した.ここでは,教員養成,採用,研修の一体改革が提言されており,「教える専門家」としての側面に加えて「学びの専門家」としての側面も備えている教師,すなわち「学び続ける教師像」が今回の答申の根幹にあたる教師像となっている<上付>51)55).また,養成段階は,「教員となる際に必要な最低限の基礎的・基盤的な学修」を行う段階であることを改めて認識することが重要とされ,生涯を通じた教師の成長を見据えて,養成段階における「基礎的・基盤的な学修」が求められている.では,養成段階における「基礎的・基盤的な学修」とは何か.それは,「学び続ける教師像」の養成教育への具現化が求められている点を踏まえれば,指導実践の経験から学んで力量を高めるための授業の省察能力であるといえるだろう<上付>30)31)35)(1).  他方で,経験学習の立場から,松尾<上付>27)は,リフレクション(省察)を通して学ぶ源泉には「思い(信念,価値観)」があると指摘している.実際,教師の授業力量の要素は,信念,知識,技術に大別され<上付>19),その中でも,教師が有する授業に関する信念は,知識,技術の発揮や習得すべき知識,技術の取捨選択を規定するフィルターとして機能している<上付>2)3).四方田・須甲・荻原ほか<上付>56)は,教師の信念と授業実践の省察との間には,相互の影響がみられると指摘している.つまり,信念が省察を通して促進あるいは阻害することもあれば,逆に,省察によって信念が変容・形成されることもある<上付>56).その意味では,教師の信念の変容・形成のプロセスは複雑であるといえる<上付>4).したがって,先に挙げた養成段階における「基礎的・基盤的な学修」では,省察能力と同時に,省察と相互に関連し合う信念を変容・形成させていく視点が必要になるだろう.  教師の信念の変容・形成プロセスにおける複雑さを捉える上で,信念の内容に着目する必要がある.教師の信念の内容には,教師観,授業観,指導観等があり,それらが相互に関連した信念体系として教師の中に保有される<上付>2)3)5).信念の内容の中でも,保健体育教師にとっては,「教師としての自己のあり方や役割,自身の力量形成についての考え方」<上付>45)と定義される教師観<上付>(2)が,省察を通して授業力量を形成していく上で重要になる.なぜなら,そもそも授業改善や自身の授業力量形成を志向していく教師観,言い換えれば,そのような「思い(信念,価値観)」<上付>27)がない限り,授業実践から省察を通して学ぶことができないと考えられるためである.  実際,保健体育教師においては,授業ではなく,運動部活動指導の成果で昇進が決定したり,そもそも都道府県によっては,採用時に,運動部活動指導における種目のバランスを考慮した採用や人事が行われる場合があり<上付>42),この状況においては,保健体育教師が授業者としてではなく,運動部活指導者としての教師観に傾倒してしまう可能性は極めて高くなる.このような運動部活動指導者としての教師観への傾倒については,学生,保健体育教師自身,同僚等を対象とした実証的な研究の成果としてこれまでに数多く報告されている<上付>14)20)26)43)47)52)53).  もっとも,保健体育教師が有する教師観は,養成段階や現職になってから形成されるわけではない.Lortie<上付>25)は,観察による徒弟制という概念を用いて,生徒としての授業体験は,教師の信念を構成する大きな要因となると指摘した.保健体育教師の職業的社会化という視点から,Lawson<上付>23)24)は,授業志向または,運動部活動志向の保健体育教師観は,自ら受けてきた保健体育教師のイメージに強く影響を及ぼされることを指摘した.また,運動部活動志向の保健体育教師観を有したまま教職課程に入学した学生は,養成プログラムの内容を受け入れないという報告もみられる<上付>8)23)24)38).さらに,そのまま体育教師のキャリアへ参入した教師は,継続的な授業力量形成を意識的または,無意識的に拒むという<上付>8)23)24)38).この点を踏まえれば,教職志望学生が授業を志向しない等の教師観を保持している場合,そのような捨てさせたい信念を効果的に示すストラテジーを開発することが必要である<上付>39).比喩生成課題という手続きは,この問題の解決に示唆を与えてくれる.  Carlson<上付>6)は,教職志望学生の比喩生成課題によるイメージによって,彼らの暗黙の信念を明らかにすることができると指摘している.そして,比喩生成課題によって得たイメージを教職志望学生に返し,学生自身のイメージについて省察させる取り組みを行っている.Elbaz<上付>9)によると,教師が自己の実践に関して抱くイメージは,感情や価値,要求,信念が結合されたものであると指摘している.小山<上付>22)は,教師の信念やイメージを生の形で質問したとしても,教師個人の持つ実感を反映した回答を得ることは難しいため,メタファー法(比喩生成課題)によって信念やイメージを明らかにする必要性を指摘している.  嘉数<上付>16)や嘉数・岩田<上付>17)は,保健体育科の教職志望学生の信念の内容の一つである体育授業観や保健授業観について,学生による比喩生成課題のイメージから明らかにし,教育実習前後の変容を検討している.他方で,体育科教育学や保健科教育学において,教育実習の前段階における講義前後でのイメージの検討をした研究はほとんど行われていない.また,比喩生成課題を適用して,保健体育科教職志望学生が有する保健体育教師イメージの変容について検討した研究は皆無に等しい.しかし,教育実習の前段階における保健体育科教職志望学生が有する保健体育教師イメージの実態やその変容ついて検討することは,教育実習を含めた「基礎的・基盤的な学修」としての教員養成カリキュラム全体の構成原理を明らかにする上で必要不可欠となるだろう.  そこで,本研究では,教育実習前の保健体育科教職志望学生を対象に,模擬授業とその省察を中核とした保健体育科教育法の前後における保健体育教師イメージの変容について明らかにすることを目的とする. U. 研究の方法 U-1. 期日と対象  本研究の調査は,2015年4月上旬(事前調査)と2016年1月下旬(事後調査)に行われた.調査対象者は,日本女子体育大学(以下,本学)3年次に通年科目として開講されている保健体育科教育法T(保健分野)並びに同U(体育分野)の受講生の内,事前(第1回目の講義:4月),事後(第30回目の講義:1月)調査両方の調査に参加し,且つ,事後調査において教員志望「有」と回答した学生124名であった<上付>(3). U-2. 調査方法とデータの分析方法  教員志望学生の保健体育教師イメージを明らかにするために,事前・事後調査として,比喩生成課題<上付>1)を20分程度で実施した.比喩生成課題とは,「保健体育教師とは,( )のようである.なぜなら,( )」というように,保健体育教師のイメージについて,比喩で例える言葉とその理由を括弧内の回答欄に記入させるものである<上付>1).比喩の回答欄は,3つ設けられた.また,回答欄を時間内にできるだけ埋めるよう教示を与えた.また,学生には,以下のような説明を行った.「イメージは,人によって様々です.正しい答え,間違った答えというものはありません.肯定的なイメージでも否定的なイメージでも,あなたがイメージしたものを率直に御答え下さい.また,この課題は一切成績には関係しません」.  得られたデータについては,まず,作成比喩数の平均値の差について事前事後の比較(対応サンプルのT検定)を実施した.次に,比喩のデータの内,比喩に関する理由の説明のデータをKJ法<上付>18)によって分析した.なお,分析は,データをコード,サブカテゴリー,カテゴリーの順に小グループから大グループへとまとめていく手順で進められた.  なお,この分析については,保健体育科教職課程の内,「保健体育科教育法U(体育分野)」,「教育実習事前・事後指導」,「教職実践演習」を担当する大学教員1名で行った.分析における信頼性と妥当性を確保するために,本研究では,Glesne<上付>12),Patton<上付>40)を参考に,以下の2つの手続きをとった.第1に,否定的事例を探索した.Glesne<上付>12)によれば,否定的な事例は,継続している研究の作業仮説を洗練させるという.したがって,データ分析の中で,コード,サブカテゴリー,カテゴリーを検討する一方で,それらの結果を否定するようなデータが存在するかどうかを確認した.第2に,仲間同士での検証作業(Peer debriefing)が行われた.本研究では,分析の過程で保健体育科教育法T(保健分野)を担当する大学教員1名と協議を行い,修正を加えた. U-3. 本学における模擬授業とその省察を中核とした教科教育法の流れ  本学では,教職に関する科目における教科の指導法として,3年次に保健体育科教育法T(保健分野)並びに同U(体育分野)が各々通年(4単位)開講されている.両方の講義共に,後期から模擬授業とその省察の機会を設けており,教職課程の中でも,教育実習の前段階のシミュレーションとして,重要な位置づけになっている<上付>44).以下では,それぞれの模擬授業とその省察の進め方について概説していく. U-3-1. 保健体育科教育法T(保健分野)における模擬授業と省察の流れ  保健体育科教育法T(保健分野)では,前期全15回のうち14回を講義,1回を代表者による模擬授業(50分)として行う.後期では,前期に行われた模擬授業のビデオを視聴し授業研究を行うとともに,12回を各クラスとも4つのグループに分かれた模擬授業(一人当たり30分を各回2名)の時間として確保している.こうすることで,学期中に受講生1名は最低1回の教師役を務めることになる.教職課程において保健の模擬授業を行うことによる効果はこれまでに散見されるものの<上付>13)34)54),それを十分に実施している大学は決して多くないことが報告されている<上付>32).本学においては,事前に学んできた保健科教育の意義や取り扱う内容,学習指導案,基本的な指導方法などを踏まえて,20人程度の小グループを構成して模擬授業を行う.それを相互に評価し合うことにより,保健の授業を担当できるに相応しい能力と技量を身につけられるようにすることを目標としている. U-3-1-1. 保健体育科教育法T(保健分野)における模擬授業の設計段階  保健体育科教育法T(保健分野)では,前期最終回に代表者による50分の模擬授業を行うことを除いて,受講生の模擬授業実施は後期に集中している.受講生は,無作為に構成された20人程度の小グループに分かれ,教師役と生徒役に分かれた30分の模擬授業を実施する.30分という授業時間は,厳密に言えばマイクロティーチング(以下,MT)となるが,展開部分での学習内容を通常より減らしながら,導入と整理は通常通りに行うため,1単位時間の授業に近い構成となっている.中学校と高等学校にわたり保健体育科保健分野及び科目保健の全ての単元を経験させる意図から,模擬授業が実施される日時の単元は,予め教員側で指定している.したがって,受講学生は,教師役または生徒役として,必ず全ての単元の模擬授業に参加することになる.教師役となった授業担当当日以外は,生徒役かつ観察者として模擬授業に参加する.担当する授業日が決まったら,前もって学習指導案と配布資料をグループの人数分準備し,当日配布する.これらの資料を共有することで,来る教育実習においてどの単元を担当しても良いように準備しておくことがねらいである. U-3-1-2. 保健体育科教育法T(保健分野)における模擬授業の実施段階  模擬授業当日は,90分の授業時間のうち前後半それぞれ45分が1人当たりの持ち時間となる.その内訳は,説明5分,模擬授業30分,フィードバック10分となっている.  まず,説明時には,事前に準備された学習指導案を速やかに配布する.ワークシート等の副教材は,必ずしも授業開始時に配布する必要はなく,授業の展開に応じて配布のタイミングを教師役が決めておく.教師役は,学習指導案の説明とともに,授業の展開だけでなく授業を受ける生徒の実態(想定)についても触れる.生徒役を担う学生は,その生徒像に合わせた授業態度を形成することを心がけるようにする.授業の対象学年としてというより,大学生としての知識で答え過ぎてしまうことがあるため,特に配慮する必要があることを伝えている.グループワークを取り入れた授業を展開する場合は,予め生活班も決めておく.  模擬授業の開始以降,生徒役は,生徒であると同時に,授業を客観的に評価する観察者でもある.観察者の役割は,授業技術(指導態度,配布資料や板書などの見せ方,発問・説明・指示・受け答え,授業の進め方や生徒への指導・注意などのコミュニケーション能力),授業内容(授業のねらいと内容,流れ・全体構成・時間配分,展開,生徒の学習理解・活動を促進するための工夫),生徒の立場から授業の教材・題材に対する評価(本時の目標達成度,総合評価)について授業を観察することであるため,図1に示すチェックシートを用いてそれらの作業を行うようにしている.さらに,観察者は,無記名で模擬授業の良い点と改善点について具体的にワークシートに記述する.この記述は,翌週に教師役にフィードバックされることから,ピアエデュケーションとしての効果も期待されている. U-3-1-3. 保健体育科教育法T(保健分野)における模擬授業の省察段階  まず,模擬授業終了直後の10分間は,生徒役はチェックシート並びにワークシートへの記入時間となるとともに,他のグループの板書等を観察する時間となる.また,教師役は,教員から講評をもらい,生徒役に簡単なコメントを求める.さらに教師役は,他のグループの教師役とコミュニケーションをとり,同じ単元にもかかわらず多様な授業展開があること,互いの板書の工夫点を見習うようにすること,といった省察ができるよう教員がコーディネートを行う時間としても活用する.授業終了後,教師役は一週間以内に,レポートを提出する.レポートでは,本時の目標(どのような授業を展開したいと思って臨んだか),本時の目標に対する自己評価(うまくいったと思う点,改善が必要だと思う点),模擬授業実施を通しての感想・反省および次回どのような授業をしたいか,について記述する. U-3-2. 保健体育科教育法U(体育分野)における模擬授業と省察の流れ  以下では,須甲<上付>44)の報告を基に,保健体育科教育法U(体育分野)における模擬授業と省察の概要を示していく.保健体育科教育法U(体育分野)では,前期15回の内10回分を講義に充て,残りの5回分でMTを行っている.本講義で行っているMTは,1クラス80名程度の受講生を10人×8グループに分け,そのグループ内で教師役,ビデオ記録役,教師の言葉がけ記録役をそれぞれ1名ずつ出し,残りの7名が生徒役となり,教師役の学生が10分間の指導を行う形で進められる.また,MTは,体育館を8箇所に区分し,それぞれのグループが同時進行で進められる.受講生は,1名の教師役のMT終了後,教師役,ビデオ記録役,教師の言葉がけ記録役,生徒役をローテーションして入れ替わり,準備ができたら次の教師役のMTを10分間進めていく.この進め方によって,前期5回分のMT内で,全ての受講生が少なくとも1度は教師役を経験することになる.  後期には,保健体育科教育法と教育実習事前・事後指導とで連携しながら,5回分の模擬授業を実施している.保健体育科教育法U(体育分野)のクラス(1クラス80名程度×4クラス)と同様のクラス分けで進められ,事前・事後指導内で模擬授業の実践を行っている.また,事前・事後指導は,体育実技の教科に関する科目を担当している教員も指導に加わり,模擬授業の進行・講評等を行っていく. U-3-2-1. 保健体育科教育法U(体育分野)における模擬授業の設計段階  教育実習の事前・事後指導の5回分の模擬授業内で全ての受講生が教師役を経験することはできない.しかし,全ての受講生が模擬授業の学習指導案を作成し,主体的に参加するように,保健体育科教育法U(体育分野)の後期の講義内において,以下のような手順でグルーピングと学習指導案の作成を行わせている.まず,1クラス80名の受講生は,8名×10グループ(AからJグループ)に区分される.次に,受講生は,各々のグループ内で2人組4ペアを組む.各グループは,グループメンバー全員(8名)で,単元の構想,生徒の実態,評価規準等を十分に話し合っていく.さらに,グループ内の各ペアは,単元の中において担当する時間の学習指導案を作成していく.例えば,各グループの受講生は,創作ダンス単元10時間中の2時間目,5時間目,7時間目,9時間目という4つの各時間の指導案を各ペアの担当時間を決めた上で,ペアごとに作成していく.その際,単元の目標達成に向けて,4ペア各々の指導案には一貫性を持たせるよう十分に配慮させている.このように,保健体育科教育法U(体育分野)の講義内で,模擬授業のグルーピングと学習指導案の作成が進められる. U-3-2-2. 保健体育科教育法U(体育分野)における模擬授業の実施段階  上記の保健体育科教育法U(体育分野)における模擬授業の授業設計段階を経て,模擬授業の実践については,教育実習事前・事後指導内で進められる.1回の模擬授業は,1つの体育館を半面ずつ使用して同時2展開で進められる.つまり,1回の模擬授業につき2グループが模擬授業を実施し,これが5回分展開されるので,計10グループの教師役グループが模擬授業を実践することになる.模擬授業の教師役は,各グループ内の4ペアの内,いずれかのペアが模擬授業当日に担当教員から発表される.したがって,全ての受講生が模擬授業を実施するための準備を教師役となる当日までに進めておくことになる.教師役のペアは,50分の模擬授業を25分ずつで分け,実際の指導にあたる.教師役グループの内,教師役のペアに指名されなかった6名は,模擬授業のビデオ記録,教師の言葉がけ(相互作用行動)の記録,体育授業場面の時間配分の記録等の役割を担う.これらの授業の観察記録は,体育の授業研究で頻繁に使用されている組織的観察法といわれる観察記録の手法を用いて実施される<上付>48).なお,全ての受講生は,模擬授業実践前までに,保健体育科教育法U(体育分野)内で体育授業の組織的観察法について学修しておく. U-3-2-3. 保健体育科教育法U(体育分野)における模擬授業の省察段階  受講生は,模擬授業終了後,各担当教員から講評を受ける.しかし,90分という限られた時間の中では,模擬授業の実践はできても,その評価・反省を十分に行うことはできない.模擬授業は,その実践のみでなく,模擬授業の振り返りから信念を拡大し,授業について学び続けるための視点を養うことに意義があるといえる.したがって,本学では,毎回の模擬授業終了後,次の保健体育科教育法U(体育分野)の講義内で模擬授業の省察を実施している.まず,受講生には,各回の模擬授業終了後,「教師の言葉がけ」,「学習の勢い」,「学習の雰囲気」,「教材・教具」,「効果的学習」の5つの視点からなる振り返りシート(図2)を記入する課題が与えられる.なお,受講生は,e-ラーニングを通して,模擬授業の映像と模擬授業データをまとめた集計表を参照しながら振り返りシートを作成していく.模擬授業データ集計表は,小松崎<上付>21)における模擬授業のサマリーシートを参考にし,受講生の教師役グループの内,観察記録役が組織的観察法を用いて記録・集計したデータと,生徒役が模擬授業終了後記入した形成的授業評価を集計したデータをエクセルファイルにまとめたものである.各々の受講生が作成した振り返りシートは,各回の模擬授業が終了した後の保健体育科教育法U(体育分野)の講義内で提出となる.  保健体育科教育法U(体育分野)の講義内における模擬授業の反省会は,以下の手順で進められる.まず,受講者を小グループに分け,その小グループ内で各々の学生が作成してきた振り返りシートを発表し合う.その後,模擬授業映像を視聴させるとともに,模擬授業データ集計表を参照しながら担当教員が模擬授業の講評を行う.最後に,再度,小グループ内で改めて気づいた点等を発表し合うという形式で進められる.反省会においてもグループでの学修を進めるのは,教員として,同僚性の中で授業力量を形成していくことを学生の内に擬似的にも体験させたいという意図からである<上付>36). V. 結  果 V-1. 平均作成比喩数の比較  表1は,事前・事後間における教職志望学生の平均作成比喩数の結果である.事前と事後で対応のあるt検定を実施した結果,平均作成比喩数に有意な差がみられ(t=−5.40,p<.001),事後調査の方が多いことが明らかになった. V-2. 事前調査における保健体育教師イメージの内容  表2は,事前調査における教職志望学生が有する保健体育教師イメージの内容を示したものである.教職志望学生は,「専門職としての保健体育教師」,「保健体育教師の人間性」という2つのカテゴリーから構成される保健体育教師イメージを有していた.以下,サブカテゴリーとコードについて示していく.  まず,「専門職としての保健体育教師」のカテゴリーは,「教育的愛情を有する教師」(比喩の例:母親,理由:親のように包むように生徒に目配りするから),「適切な指導をしてくれる教師」(比喩の例:ふりかけ,理由:生徒の主体性を活かして,少しずつアドバイスをふりかけてくれるから),「スポーツ万能な教師」(比喩の例:スーパーマン,理由:自分にとって難しい運動を簡単にこなしてしまうから)という3つのサブカテゴリーから構成され,全てのサブカテゴリーはコードと同様の内容であった.  次に,「保健体育教師の人間性」のカテゴリーは,「明るくて親しみやすく,信頼できる教師」,「怖くて,厳しい教師」(比喩の例:鬼,理由:走りたくない人でもほぼ強制的に走らせるから)というサブカテゴリーから構成され,「明るくて親しみやすく,信頼できる教師」というサブカテゴリーは,「明るくて親しみやすい教師」(比喩の例:ひまわり,理由:元気で明るく力強いから),「信頼できる教師」(比喩の例:太陽,理由:生徒たちを引っ張っていく存在だから)という2つのコードから構成されている.  事前調査において,比喩の全作成数に対する割合からみると,学生は,「保健体育教師の人間性」というカテゴリーについて64.7%(90個)の比喩を作成しており,「専門職としての保健体育教師」カテゴリーの35.3%(49個)よりも高い割合になっている.また,サブカテゴリー別にみると,「怖くて,厳しい教師」が38.8%(54個)と最も高く,以下,「明るくて親しみやすく,信頼できる教師」25.9%(36個),「教育的愛情を有する教師」15.8%(22個),「適切な指導をしてくれる教師」12.2%(17個),「スポーツ万能な教師」7.2%(10個)という順で高い割合になっている. V-3. 事後調査における保健体育教師イメージの内容  表3は,事後調査における教職志望学生が有する保健体育教師イメージの内容を示したものである.教職志望学生は,「専門職としての保健体育教師」,「保健体育教師の人間性」という事前調査と同様の2つのカテゴリーから構成される保健体育教師イメージを有していた.しかし,下位のサブカテゴリーやコードについては,事前から事後にかけて大きな差異がみられた.  まず,「専門職としての保健体育教師」のカテゴリーは,「学習成果を保証できる教師」,「多様な指導方法を有する教師」,「学び続ける教師」という3つのサブカテゴリーから構成されている.サブカテゴリーを構成するコードをみると,「学習成果を保証できる教師」のサブカテゴリーについては,「保健や体育の学力を保証できる教師」(比喩の例:マジシャン,理由:いつのまにかできないことをできるようにさせてくれるから),「生きる力の育成に貢献できる教師」(比喩の例:料理人,理由:色々な能力や才能をもっている子たちを見極め(苦手な子も含め)その生徒一人一人を育てたり成長させたりするから)という2つのコードから構成されている.また,「多様な指導方法を有する教師」のサブカテゴリーは,「教育的愛情を有する教師」(比喩の例:大きな器,理由:子どもの喜び,発見を包み込んであげられるから),「適切で柔軟な指導ができる教師」(比喩の例:料理人,理由:一つの種目でも味を変えるように教え方も変えていくから),「学習意欲を喚起できる教師」(比喩の例:電池,理由:生徒が学習意欲を向上させる原動力となるから),「学習規律を確立することができる教師」(比喩の例:黒子,理由:授業の中でうまく生徒を操ることができるから)という4つのコードから構成されている.さらに,「学び続ける教師」のサブカテゴリーは,「反省的実践家」(比喩の例:スポンジ,理由:授業の出来事の中で何に対しても柔軟に吸収していくから),「教材研究を深める教師」(比喩の例:研究者,理由:生徒のためによりよい教材,教具を研究しているから)という2つのコードから構成されている.  次に,「保健体育教師の人間性」のカテゴリーは,「教えるプロとしての憧れと尊敬」(比喩の例:博士,理由:体育も様々な領域を指導し保健も教えるから),「怖くて,厳しい教師」(比喩の例:雷,理由:いつもピリピリしているから)という2つのサブカテゴリーから構成され,全てのサブカテゴリーはコードと同様の内容であった.  事後調査において,比喩の全作成数に対する割合からみると,学生は,「専門職としての保健体育教師」のカテゴリーについて80.1%(161個)の比喩を作成しており,「保健体育教師の人間性」カテゴリーの19.9%(40個)よりも極めて高い割合になっている.また,サブカテゴリー別にみると,「多様な指導方法を有する教師」37.8%(76個),「学び続ける教師」23.9%(48個),「学習成果を保証できる教師」18.4%(37個),「教えるプロとしての憧れと尊敬」15.4%(31個),「怖くて,厳しい教師」4.5%(9個)という順に割合が高くなっている.最後に,コード別に割合を見ていくと,「教えるプロとしての憧れと尊敬」15.4%(31個),「反省的実践家」12.9%(26個),「教育的愛情を有する教師」11.9%(24個),「教材研究を深める教師」11.0%(22個),「適切で柔軟な指導ができる教師」10.4%(21個),「生きる力の育成に貢献できる教師」9.4%(19個),「保健や体育の学力を保証できる教師」9.0%(18個),「学習規律を確立することができる教師」7.7%(16個),「学習意欲を喚起できる教師」7.5%(15個),「怖くて,厳しい教師」4.5%(9個)という順に高い割合になっている. W. 考  察 W-1. 平均作成比喩数の増加  岩田・松岡・木原<上付>15)は,教育実習生7名と指導教員4名を対象に,実習日誌及びインタビューデータを基に,教育実習における教育実習生への指導内容に関する事例研究を行っている.そこでは,教育実習生は,実習を通して教師の信念を学んでおり,その教師の信念とは,具体的には,教師としての心構えやモチベーションといった内容であったと指摘している<上付>15).  他方で,本研究では,教育実習前の学生が,事前から事後にかけて保健体育教師に関する平均作成比喩数を増加させた点で重要である.この結果は,教育実習前であっても,教職課程における模擬授業とその省察の学修を通して,学生が,より明確な保健体育教師イメージを形成したと共に,学生にとって保健体育教師イメージの表現が容易になったことを示唆している.しかし,教職志望学生は,多様な教師のイメージを有しており,教師についての望ましくない比喩を再構成している可能性もある<上付>10).そこで,次に,事前から事後にかけての学生が有する保健体育教師イメージの具体的な内容の変容について考察していく. W-2. 「保健体育教師の人間性」カテゴリーの変容  まず,「保健体育教師の人間性」カテゴリーにおける「怖くて,厳しい教師」のサブカテゴリーは,事前と事後共に存在した.大学生100名を対象として,体育教師のイメージについて回顧的な調査を行った前田<上付>26)の研究では,「理論に欠け,命令的,威圧的で恐ろしい感じの風紀取締まりの中心のような」体育教師という負のイメージが明らかになったと報告されている.また,大学生1058名(体育学部生,教育学部生,その他の学部学生)を対象にした高橋<上付>47)の研究では,「体力があり,根性があるが,教養に欠け,授業に熱心ではなく,恐くて,生徒から慕われない人」という体育教師のイメージが導き出されている.佐伯<上付>41)は,教師像の中でも,体育教師像のステレオタイプ・イメージが最も強く,暴力的で威圧的といったステレオタイプからの脱却の必要性を指摘している.本研究においても,上記のステレオタイプは,事前調査の段階で明確にみられた.実際,事前調査において「怖くて,厳しい教師」のサブカテゴリーは,全てのサブカテゴリー及びコードの比喩作成数の割合からみて38.8%(54個)と最も高かった.また,作成比喩例をみても,「鬼」(理由:走りたくない人でもほぼ強制的に走らせるから)といった典型的な威圧的イメージが示された.しかし,事後調査において4.5%(9個)と最も低い割合を示した結果を示したことは,完全とはいえないまでもほぼステレオタイプの保健体育教師イメージから脱却したといえるのではないだろうか.このような保健体育教師の負のイメージの脱却に成功したという知見はこれまでにほとんどみられなかった.  O'Sullivan and Doutis<上付>39)は,教職志望学生に捨てさせたい信念を効果的に示すストラテジーを開発することが必要であると指摘している.その意味では,模擬授業とその省察を中核に据えた教職課程において,ステレオタイプの保健体育教師に関する負のイメージからの脱却に成功した点で,本研究は,貴重な知見といえる.  事前調査における「保健体育教師の人間性」カテゴリーにおけるサブカテゴリーには,「明るくて親しみやすく,信頼できる教師」があり,これは,「明るくて親しみやすい教師」,「信頼できる教師」から構成されていた.先に示した「怖くて,厳しい教師」のサブカテゴリーからみると,相反する保健体育教師イメージだといえる.しかし,佐伯<上付>41)は,体育教師には負のイメージがある一方で,明朗で付き合いやすい,子ども達にとっては兄貴分といえるようなスポーツマンのイメージがあることを指摘している.したがって,本研究においても,事前調査では佐伯<上付>41)に合致するような保健体育教師イメージを学生は有していたといえる.他方で,事後調査においては,同じ「保健体育教師の人間性」カテゴリーを構成するサブカテゴリーでも,「明るくて親しみやすく,信頼できる教師」から「教えるプロとしての憧れと尊敬」に変容したことが示唆された. W-3. 「専門職としての保健体育教師」カテゴリーの変容  次に,学生は,「専門職としての保健体育教師」カテゴリーについて,事前調査では35.3%(49個)であったが,事後調査において,80.1%(161個)の割合で比喩を作成しており,これは極めて大きな保健体育教師イメージの変容だといえる.カテゴリーを構成するサブカテゴリーについてみると,事前調査の段階における「教育的愛情を持って,適切な指導をしてくれるスポーツ万能な教師」から,事後調査における「多様な指導方法について学び続けて,学習成果を保証できる教師」という保健体育教師イメージに変容させたといえる.事前調査におけるサブカテゴリーとコードは同様の内容であったが,事後調査においては,「保健や体育の学力を保証できる教師」,「生きる力の育成に貢献できる教師」,「教育的愛情を有する教師」,「適切で柔軟な指導ができる教師」,「学習意欲を喚起できる教師」,「学習規律を確立することができる教師」というコードがみられた.  事前から事後にかけてのコード内の変容として,まず,「適切な指導をしてくれる教師」から「適切で柔軟な指導ができる教師」への変容がみられる.「適切で柔軟な指導ができる教師」の比喩の代表例として,「多色ボールペン」(理由:生徒の実態,生徒の行動など様々な状況に応じて柔軟に指導法を変えていくから)を挙げることができる.実際に,体育授業の学習指導に関しては,唯一絶対の方法はないと指摘されてきた<上付>33)46).むしろ,学習指導モデル<上付>28)(4)が示唆するように,授業のねらいと適用する方法論の整合性こそが問われるといえる.その意味では,学生が「適切で柔軟・・・な指導ができる教師」というイメージを形成したことは大きな成果であるといえる.  「学習意欲を喚起できる教師」,「学習規律を確立することができる教師」は,事後調査において,新たに学生が形成した保健体育教師イメージである.高橋<上付>46)は,「よい体育授業とは,結局,授業の目標が達成され,学習の成果が上がっている授業」であると指摘し,このよい授業を成立させるための基礎的条件として,学習の規律が確立していることと授業の雰囲気が良い(人間関係,情緒的解放)等を挙げている.実際に,保健体育科教育法U(体育分野)においては,高橋<上付>46)の基礎的条件に即して模擬授業における振り返りシートのフォーマットを作成し,学生に記述させている.このような取り組みの結果,学生がよい授業の基礎的条件を整えることのできる保健体育教師イメージを形成することにつながったと推察される.  次に,「保健や体育の学力を保証できる教師」,「生きる力の育成に貢献できる教師」というコードについて考察する.この2つのコードについても事後調査で新たに学生が形成した保健体育教師イメージである.「生きる力」とは,「確かな学力」,「豊かな人間性」,「健やかな体」から構成されている<上付>29).体育科,保健体育科においては,この中の「健やかな体」の育成のみを担えばよいということではない.特に,我が国の児童・生徒においては,基礎的・基本的な知識や技能を活用した思考力・判断力・表現力等に問題があること等が指摘され<上付>29),「確かな学力」の育成は,体育科・保健体育科においてもより一層重要な課題となっている.そもそも,体育科,保健体育科においては,他教科において学力が問題になると,体力の問題として捉えられてきた歴史がある<上付>49).しかし,現行学習指導要領においては,指導内容として「技能」,「態度」,「知識,思考・判断」と示されており,体育科,保健体育科において習得されるべき能力は,単なる「体力」ではなく,「体育的学力」と呼ぶにふさわしいものであるという<上付>49)50).したがって,学生が事後調査において,「保健や体育の学力を保証できる教師」,「生きる力の育成に貢献できる教師」という保健体育教師イメージを形成したことは,学習指導要領の理念実現に向けての担い手となる上でも重要であるといえる.  「学び続ける教師」のサブカテゴリーについては,事後調査におけるサブカテゴリーの中でも,作成比喩数の割合が23.9%(48個)と2番目に多い値だった.「学び続ける教師」のサブカテゴリーは「反省的実践家」,「教材研究を深める教師」という2つのコードから構成されていた.学生は,模擬授業の準備段階においては,教材研究を深めて学習指導案を作成し,模擬授業後は,映像やデータ等を参照しながら振り返りシートを基に省察を繰り返すことによって,学び続けることの重要性を学んだと推察される.深見・木原<上付>11)は,教職志望学生を対象に,教職科目「教職の意義等に関する科目」の講義の受講前後における教師イメージを分析したところ,「反省的実践家としての教師」イメージに属する比喩が大幅には増加しなかったと報告している.この報告を踏まえれば,本研究で得た知見は,講義のみではなく,模擬授業とその省察を行っていく中で,「反省的実践家」を含む「学び続ける教師」という保健体育教師イメージを教職志望学生が形成することに成功した点で,重要であるといえる.  最後に,「教育的愛情を有する教師」というコードについて考察する.これは,事前調査では,サブカテゴリーとコードは同様の内容として,事後調査では,「多様な指導方法を有する教師」のサブカテゴリーを構成する1つのコードとして現れた.国語教師として有名な大村はま<上付>37)は,大人として愛情を持っているのはごく当たり前のことで,教師特有のものではないとし,「教師は,やはり,学力をつける人,学力を養う技術を持った人です.−(中略)−学校は,学力を養う専門の場所であり,教師はそこを職場とする専門職である」と述べている.学生は,大村はまが指摘するように,事前から事後にかけて教育的愛情を引き続き重要視しながらも,事後調査においては,学力を確実に保障するというイメージが付加された保健体育教師イメージを形成したと推察される<上付>(5). X. まとめと今後の課題  本研究では,教育実習前の教職志望学生である3年生を対象に,模擬授業とその省察を中核とした保健体育科教育法の前後における保健体育教師イメージの変容について明らかにすることを目的として検討してきた.  その結果,以下の4点が明らかになった.  第1に,事前調査から事後調査にかけて,平均作成比喩数が増加した.これは,教職志望学生がより明確な保健体育教師イメージを形成したと共に,教職志望学生にとって保健体育教師イメージの表現が容易になったことを示唆している.  第2に,事前事後共に,「専門職としての保健体育教師」,「保健体育教師の人間性」という2つのカテゴリーを得た.  第3に,事前調査のサブカテゴリーとコードにおいては,保健体育教師イメージは,スポーツ万能で,教育的愛情を持って適切に指導してくれる教師というものであった.また,明るくて,親しみやすく信頼でき,怖くて厳しい教師という保健体育教師イメージも有していた.  第4に,事後調査のサブカテゴリーとコードにおいては,学生は,多様な指導方法を有し,学習成果を保証する専門職としての保健体育教師イメージを形成していた.また,学生は,これらの専門性を向上させるための反省的実践や教材研究を行っていく保健体育教師イメージも形成していた.さらに,保健体育教師の人間性について,事前同様,怖くて厳しい教師イメージを依然として有しているものの事後調査においてその数は減少し,教えるプロとしての憧れと尊敬という保健体育教師イメージを形成した.  以上のように,学生は,事前調査から事後調査にかけて保健体育教師イメージを大きく変容させた.これまでには,教員になった後,職業としての教える経験が授業等のイメージの変容に影響を与えるという知見が示されてきた<上付>1).また,教員養成段階においても,教育実習前後において,体育授業観や保健授業観の変容に関する報告がみられる<上付>15)17).他方で,本研究では,保健体育科の教職課程における教育実習前の段階において,模擬授業とその省察を中核にした教科教育法前後の保健体育教師イメージの変容を明らかにした点で重要な知見を得たといえる.  なお,本研究の限界として,以下の点を挙げておく.対象となった学生は,教科教育法や教育実習事前・事後指導以外にも学修を積んでいる.したがって,学生が有する保健体育教師イメージの変容について,模擬授業とその省察の学修を通してのみの成果であるという考察には慎重さが必要である.  今後は,教育実習を含め,教職課程の4年間を通してどのように保健体育教師イメージが変容するのかといった点を検討する必要がある.また,Chro´in■´n, and O'Sullivan<上付>7)は,6名の教職志望学生を対象に,養成段階から教職入職後の3年間を長期にわたり縦断的に調査した研究成果を公表している.その意味では,養成・採用・研修の一体改革が提言されている我が国においても,養成段階から,採用を経て,教員になった後の初任期までに,どのように保健体育教師イメージを変容させるのかといった長期的・縦断的な研究が今後必要となる. 〔付記〕  本研究は,平成26年度日本女子体育大学・大学共同研究費の補助を受けて実施された. 注 (1) 例えば,日本教育大学協会は,教師の力量の中核に「教育実践を科学的・研究的に省察(reflection)する力」を据えている<上付>35). (2) 教師観の定義については,次のCalderhead<上付>5)の指摘を援用している.Calderhead<上付>5)は,教師は,教師としての自己のあり方や役割についての信念や教師自身の力量形成についての信念を有しており,それらが教師自身の学校での教育実践や力量形成に影響を及ぼすことを指摘している. (3) 本研究において保健体育科教育法T(保健分野)と保健体育科教育法U(体育分野)の成果について両方を総合的に分析していく.その理由は,我が国においては,保健体育教師の力量形成について,保健授業及び体育授業の両方を担当する教師として捉え,総合的に検討していく必要性が高まってきているためである.実際,日本体育学会第66回大会及び67回大会では,保健専門領域と体育科教育学専門領域の合同シンポジウムとして,以下のようなテーマが取り上げられている.第66回大会では,「保健体育教師(保健授業と体育授業を担当する教師)教育の課題と未来」,第67回大会では,「体育と保健の関連性を生かした体育科・保健体育科の在り方」というテーマが設定されている.このことからも,今後,我が国の保健体育教師教育をめぐる検討課題は,保健分野と体育分野両方を視野に入れていく必要があり,本研究においても保健分野と体育分野を総合的に捉えて分析していく. (4) 学習指導モデルは,「理論的基盤,意図している学習成果,教師に求められる内容に関する専門的知識,発達段階に即した発展的な学習活動,期待されている教師行動と生徒行動,独自の課題構造,学習成果の評価並びにモデルが確実に実行されているかどうかを判断する方法といった一連の内容を含み込んだ,広汎で一貫性のある計画」<上付>28)といわれる. (5) 実際に,保健体育科教育法U(体育分野)の講義では,大村はまの専門職に対する考えについては,数多く取り上げられている. 【文献】 1) 秋田喜代美(1996)教える経験に伴う授業イメージの変容−比喩生成課題による検討−.教育心理学研究,44(2):176-186. 2) 秋田喜代美(2000)教師の信念.日本教育工学会編 教育工学事典,実教出版:東京,pp.194-197. 3) 秋田喜代美(2006)教師の信念体系.森敏昭・秋田喜代美編 教育心理学キーワード,有斐閣双書:東京,pp.156-157. 4) 朝倉雅史(2016)体育教師の信念に関する研究の意義と課題−教師の信念研究および成長・発達研究の展開に着目して−.日本スポーツ教育学会第36回大会発表資料. 5) Calderhead, J. (1996) Teachers : beliefs and knowledge. In : Berliner, D.C. and Calfee, R.C. (Ed.) Handbook of Education Psychology. Simon and Schuster : Macmillan, pp.709-725. 6) Carlson, T. (2001) Using metaphors to enhance reflectiveness among preservice teachers. JOPERD, Vol 72 No. 1 : 49-53. 7) Chro´in■´n, D. and O'Sullivan, M. (2016) Elementary classroom teachers' beliefs across time : Learning to teach physical education. Journal of Teaching in Physical Education, 35(2) : 97-106. 8) Curtner-smith, M. (2001) The occupational socialization of a first year physical education teacher with a teaching orientation. 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