<報告> 小麦粉粘土活動における幼児のオノマトペ Preschool children's onomatopoeia in flour clay play 松 崎 史 周<上付>1)  桐 川 敦 子<上付>2)  望 月 久 也<上付>3) Fumichika MATSUZAKI, Atsuko KIRIKAWA and Hisaya MOCHIZUKI Abstract  This study consists of survey and analysis of preschool children's onomatopoeia in flour clay play. This study included 15 preschool children from the junior class, 16 from the middle class and 15 from the senior class in public day nursery and private kindergarten, recorded their utterance in flour clay play, and then extracted and analyzed onomatopoeia that expressed their tactile feeling. The results included : (1) Onomatopoeia in flour clay play that expresses the tactile feeling of the preschool children can largely be divided into words reflecting the initial dry status of flour and those reflecting its wet status, and the latter words were larger in number, vocabulary and style than the former ones ; (2) in flour clay play, preschool children paid attention to the unpleasant tactile feeling of clinging wet flour, and used not only standard onomatopoeia words but also original onomatopoeia words in which emphatic elements such as doubled consonants and long sounds were inserted or added even with open contracted sounds, revealing that preschool children are capable of catching and expressing their individual tactile feelings in detail ; (3) preschool children's diverse onomatopoeia in terms of vocabulary and style indicate that flour clay is a“highly responsive educational material”that elicit the tactile feelings of preschool children.  Keywords :onomatopoeia, tactile feeling, preschool children, flour clay, educational material T. 問題と目的  オノマトペとは擬音語・擬態語の総称で,フランス語のonomatope´eを語源としている.日本語は英語などに比べてオノマトペが豊富であり,日常会話から文学作品まで幅広く使われている<上付>16).擬音語・擬態語のうち,擬音語は「トントン(戸を叩く音)」「ニャーニャー(猫の鳴き声)」などのように自然界に存在する具体的な音や声を表し,擬態語は「ざわざわ(騒がしい様子)」「そわそわ(落ち着かない気分)」などのように状態や様子,気分などを表す<上付>18).人間の感覚的認識の基盤である「五感」に由来すると考えられ,感覚的な印象を象徴的に表す「感性のことば」とも言われている<上付>13).  言語獲得期にある幼児はオノマトペを多用し,保護者や保育者などの養育者も,子どもと接する際にオノマトペを多用する傾向にある.語彙の少ない幼児にとって動作や状態を感覚的に捉えたオノマトペは理解しやすく,それゆえに養育者が幼児に対して使用する「育児語」にもオノマトペがよく使用される.オノマトペは,日常場面では幼児と保護者,保育場面では幼児と保育者をつなぐ「架け橋」<上付>8)とも言うべき語であると言えよう.  近年,保育活動における幼児および保育者のオノマトペの調査・分析が行われるようになり,その実態や傾向が少しずつ明らかになってきている.原子・奥野(2007)は保育活動における幼児と保育者のオノマトペを調査したものであるが,調査の結果から,保育者は絵画・製作活動,リズム運動,歌唱活動,保健指導において動作や動きの状態を表す際にオノマトペを使用しており,オノマトペの使用によって幼児の反応もスムーズで,幼児の理解も促進されたとして,動作または動きの状態を表す言葉と一緒にオノマトペを使用することで,より効果的に指導することができると述べている<上付>2).  近藤・渡辺・太田ほか(2008)は,自然体験活動における幼児と保育者のオノマトペを調査したものだが,調査の結果から,いずれの年齢においても聴覚や音を表したオノマトペが多く,年少児では動作や動きに関するオノマトペ,年中児では視覚や聴覚を駆使した外的な状態や感覚を表すオノマトペが比較的多かったとしている.さらに,内的な状態や感覚を表すオノマトペはほとんど表出されず,年長児で若干表出されただけだったと報告している<上付>9).  この他に,身体表現活動における保育者のオノマトペの分析もいくつか見られるが<上付>11),幼児を対象とした調査が少ないうえに,調査対象として取り上げられている保育活動もまだまだ限られていて,保育活動における幼児のオノマトペの実態や傾向が解明されたとは言いがたい状況がある.そこで,本稿では,保育活動の中から造形活動の一つである「小麦粉粘土活動」を取り上げ,そこに見られる幼児のオノマトペ,とりわけ触感を表すオノマトペを調査・分析していくこととする.幼児のオノマトペを調査・分析することを通して,幼児の感覚と言語表現との関わりや小麦粉粘土の保育教材としての適性についても検討していけるものと考えている. U. 子どもの「気付き」表現としてのオノマトペ  子どもの発話にはさまざまなオノマトペが見られるが,人間の五感に由来する「感性のことば」と言われるだけに,それらの語には子どもの外界認知のあり方が色濃く反映されているものと考えられる.そうした予測のもと,子どもが発するオノマトペに子どもの気付きを表す機能があることを実証したのが池田・戸北(2005)である.  池田・戸北(2005)は,低学年児童の観察や活動の振り返りに見られるオノマトペを調査・分析したものであるが,未知の種子を観察して,それを手紙の形で書かせたり,自然に関わる学習活動を振り返って,それを絵日記やワークシートに書かせたりして,そこに現れたオノマトペを調査している.調査の結果から,外界の対象の触覚的特徴を表す際にオノマトペが使用されることが多く,児童にとって難解な語を使わなくては表現しにくい場合にオノマトペが使用される傾向が強いとしている.そのうえで,オノマトペが低学年児童の「知的な気付き」を見出す手掛かりになり得るとともに,理科教育における有効な表現方法になると指摘している<上付>5).  池田・戸北の論考は,語彙が少なく,複雑な事象を表現しにくい低学年児童が,外界の対象に対する自己の気付きを表す際にオノマトペを使用するということを実証したものであるが,外界の対象に対する気付きを表す際にオノマトペを使用するのは,なにも低学年児童に限ったものではなく,生活科における理科学習に限られるものでもないだろう.低学年児童と年齢が近く,日常的にオノマトペを使用する幼児も,オノマトペを用いて対象に対する「気付き」を表しているものと考えられる.また,対象の触覚的特徴を表す際にオノマトペを使用するという傾向も幼児に当てはまるものであろう.  以上のような予測から,本研究ではオノマトペを幼児の気付きの指標と捉え,幼児が発した触感を表すオノマトペ(以下,「触感オノマトペ」と略す)から,幼児の触感の気付きを捉えていくとともに,幼児の触感とオノマトペの関連性について検討していくこととする. V. 造形活動としての小麦粉粘土遊び  人類が初めて手にした粘土とは,細かい鉱物などの粒子と水分が混ざり合って堆積したもので,その可塑性(いろいろな形態が簡単に作れてその形態が保持される性質)により,主に立体造形の素材として広く活用されてきた.近代以降は,細かい粒子を液体で結合させることによって人工的な粘土がさまざまに開発され,幼児の造形活動においても,視覚と触覚の双方を育む素材として,天然素材の粘土とともに重要な位置を占めている.  保育における造形活動は描画活動と製作活動に大きく分けられるが,描画活動が先行するイメージに基づいて行われる傾向があるのに対し,製作活動,とりわけ粘土による製作活動は素材との関わりからイメージを作り上げていくという点に特徴がある.幼児の製作活動で主に使用される人工粘土は油粘土,紙粘土,小麦粉粘土であるが,これらの粘土には素材の性質に次のような特徴が見られる.  まず油粘土は,結合の液体として油を用いるため乾燥しにくく,適度な柔らかさが保たれるためケースなどに入れて管理がしやすい.比較的汚れにくいこともあり,幼児の造形活動に多く用いられている.次に紙粘土は,粒子として紙パルプ,液体としてのりを用いるため,比重が軽く,乾燥するとしっかりと固まる.彩色も可能で完成後は作品として保存でき,遊びなどへ発展,使用できる.作品製作の意識を強く持った年長児向きの粘土である.そして,小麦粉粘土は小麦粉(主に薄力粉)を水で練って粘土状にしたもので,完成状態の粘土は一定の弾力があり,手触りは滑らかで良好だが,可塑性はやや劣るため細かい造形には向かない.最大の長所は原料が食品であるため,衛生的で汚れにくく,どちらかといえば低年齢向けの素材とされる点である.(ただし,小麦粉アレルギーの子どもに対しては注意を要する.)市販の製品もあるが,防腐剤などを含んでやや高価なこともあり,量的に充分に与えることが難しいという嫌いもある.  このように,一口に「粘土」と言っても,その素材的な性質から製作活動での活用のされ方に違いが見られる.一般的には使用しやすい油粘土が幼児の造形活動によく用いられるが,素材の特質から年少児以下の低年齢児には小麦粉粘土の有効性が認められる.また,作品製作を主たる目的とせず,素材との関わりを楽しむことに主眼を置くならば,年中・年長児でも小麦粉粘土の方が有効であろう.  本調査が対象とした小麦粉粘土活動は,小麦粉粘土で作品を製作することではなく,粘土作りを楽しむことに主眼を置いている.粉の状態からはじめ,徐々に水を加え,混ぜていくことで小麦粉の状態に変化が生じることを理解したり,必ずしも心地よいとは言えない状態の小麦粉にあえて触れてみることで素材がもたらすさまざまな感触を実感したり,素材との応答を体験したりすることを目的としている.こうした活動目的を踏まえ,本調査では小麦粉粘土活動における幼児の触感オノマトペを分析することによって,幼児は小麦粉粘土から得られる触感のなかでどのような触感に着目しているのか,その触感を表す言葉としてどのようなオノマトペを表出しているかを見ていくこととする. W. 方  法 対象者 東京都内の公立保育所に通う年少児15名(男児8名,女児7名,平均:46ヶ月,範囲:40-52ヶ月),年中児16名(男児9名,女児7名,平均:58ヶ月,範囲:53-63ヶ月)と,東京都内の私立幼稚園に通う年長児15名(男児8名,女児7名,平均:71ヶ月,範囲:65-80ヶ月). 時期 公立保育所の2クラスは2015年8月17日の午前にいずれも約30分間で行い,私立幼稚園の1クラスは2015年9月18日の午後に約40分間で行った. 手続き 小麦粉粘土活動における幼児の発話をICレコーダーで録音し,幼児が発する触感オノマトペはどのようなものか調査した.活動は調査者が先導する形で行い,[乾燥した小麦粉に触れる→小麦粉に水を加えて混ぜる→液状の小麦粉をこねながら粘土状にする→小麦粉粘土を用いて自分の好きな形を作る]の順序で進めた.調査園の事情から活動時間が約30〜40分間と比較的短く,[形を作る]段階まで進められた幼児は少ない.今回の調査は[液状の小麦粉をこねながら粘土状にする]段階までの活動を対象にしていると言っていいだろう.  幼児は4〜5名ずつに分かれ,グループごとに調査園の保育者または本学幼児発達学専攻の学生が1名付き,適宜言葉掛けを行って幼児の活動・発話を引き出すようにしている.なお,保育者・学生からの言葉掛けは,幼児の行動を引き出すために語りかけたり,幼児の意向や感覚を確認するために尋ねたり,幼児の発話を繰り返したりするものとした. 倫理的配慮 調査に際しては,「ICレコーダーを使用して記録を行う」,「記録した音声は本研究のみに使用し,外部に流出しないよう厳重に管理する」,「調査結果や分析は研究発表のみに使用し,発表に際しては,調査実施園や対象の幼児が特定されないようにする」ことなどを文書及び口頭で説明を行い,所属長の承諾を得ている. X. 結  果  オノマトペの抽出はICレコーダーで録音した発話を聞き取りながら行ったが,触感オノマトペの認定にあたっては早川・松井・渡邊(2010)を参照した.早川・松井・渡邊(2010)は,小野編(2007)<上付>12)所収のオノマトペ,および,全てのひらがなの組み合わせの中から,なぞり動作において生じる触感覚を表し,日常的に使用する語を選定し,そのうち2モーラ繰り返し型のオノマトペを「触覚オノマトペ」として選定している<上付>4).  かさかさ,がさがさ,くにゃくにゃ,ぐにゃぐにゃ,くにょくにょ,けばけば,こちこち,ごつごつ,こりこり,ごりごり,ごわごわ,さらさら,ざらざら,じゃりじゃり,しょりしょり,じょりじょり,しわしわ,すべすべ,ちくちく,つぶつぶ,つるつる,とげとげ,とろとろ,にゅるにゅる,ぬめぬめ,ぬるぬる,ねちゃねちゃ,ねちょねちょ,ねばねば,ふかふか,ふさふさ,ぷちぷち,ぷつぷつ,ふにゃふにゃ,ぷにゅぷにゅ,ぷにぷに,ぷるぷる,べたべた,べちゃべちゃ,べとべと,もこもこ,もちもち(42語)  上記のオノマトペはいずれも日常よく使われる語であるが,上記42語には含まれない「フワフワ」「グチャグチャ」「ベチョベチョ」なども対象の状態やそれによる触感を表す語と見ていいだろう.本調査では上記の語を基準にしながらも,それ以外の語については小野編(2007)を参照して触感オノマトペを認定していった.  集計にあたっては,同一のオノマトペが連続して使用された場合は1回とカウントし,「ベトベト」に促音「ッ」を挿入した「ベットベト」も形態の違いを重視して別語としてカウントした.その結果,触感オノマトペは,延べ語数で年少児が27語,年中児が22語,年長児が37語,異なり語数で年少児が15語,年中児が13語,年長児が16語となった.  延べ語数では年長児の方が年少・年中児よりも多いが,異なり語数では年齢による大きな差異は認められない.今回の調査は年少・年中と年長で調査園が異なり,対象児の人数も少ないため,幼児の触感オノマトペの習得や発達を論じることはできない.そこで,本稿では抽出された触感オノマトペとその語形を分析して,幼児の触感オノマトペの特徴を見ていくこととする. Y. 考  察 1. 触感オノマトペの特徴と幼児の表現傾向  小麦粉粘土活動における幼児の触感オノマトペは,小麦粉本来の乾燥した状態から得られる触感を表すものと,水分を含んだ状態から得られる触感を表すものに大きく分けられる.そのうち後者がさまざまな語・形態で表現されており,幼児が水分の含み具合と柔らかさ,そして手にまとわりつく感覚を細かく捉えていることが分かる.ここでは,水分を含んだ状態から得られる触感を表したオノマトペに着目して,その特徴と幼児の表現傾向を見ていく.  本調査で得られた触感オノマトペのうち,水分を含んだ状態から得られる触感を表したものは以下に示す28語で,延べ語数は60語にのぼる.  先に挙げた早川・松井・渡邊(2010)は,20歳代男女10名ずつ合計20名を対象として,大きさ感,摩擦感,粘性感から先に挙げた42語の触覚オノマトペの主観評価調査を実施し,その結果をもとに,「粗さ」「硬さ」「湿り気」の因子軸と重ねて触感オノマトペの分布を図1・2のように示している<上付>4).  これによると,水分を含んで柔らかい感触を表す触感オノマトペは図の右上から中間付近に位置していることが分かる.また,幼児が表出した28語とこの図を対照させてみると,「ベタベタ」「ベチョベチョ」「グチャグチャ」「グチョグチョ」など図に挙げられていない語がいくつも見られ,幼児が小麦粉の水分の含み具合や柔らかさ,滑らかさを細かく捉え,その触感をさまざまなオノマトペで表出していることが分かる.  次に,触感オノマトペの形態的・音韻的特徴について見ていく.ここでは水分を含んだ状態から得られる触感を表したオノマトペのうち,「ベタベタ」とその派生形を取り上げる.「ベタベタ」とその派生形は年少児から年長児まで幅広く使用されており,延べ語数で22語にのぼる.小野編(2007)によると,「ベタベタ」は「ものが不快な感じでくっつくさま.ねばりつくさま」を表すとされており<上付>12),水分を含んだ小麦粉の状態から得られる不快な触感を表したオノマトペの代表格と言える.  「ベタベタ」はCVCVの畳語形式のオノマトペ<上付>(1)であるが,浜野(2014)によると,語根C1の/b/は「張った表面が関与した運動,または,そのような運動で生成される音」を意味し,V1の/e/は「野卑」を意味する.また,語根C2の/t/は「叩いたり突っついたり」を意味したり「密着,合致」を意味したりし,V2の/a/は「広い,平ら,広範囲,目立つ」を意味する<上付>1).これらの音象徴を総合すると,「ベタベタ」は水分を含んだ小麦粉が手に広く密着した不快な感覚を,幼児が取り立てて表現したものと言えよう.  「ベタベタ」の派生形として,本調査では「ベッタベター」「ベーッタベタ」が得られた.このうち,「ベッタベター」は「ベタベタ」の語中促音挿入+語尾長音化,「ベーッタベタ」は「ベタベタ」の語中長音化+促音挿入である.促音や撥音,長音化など拍の挿入は何らかの強調を表すもので,「やっぱり」「すごーい」など一般語にも見られるが,拍の挿入はオノマトペにもよく見られる.角岡(2007)によると,語中への促音挿入は一種の強調であり,語中母音の長音化は描写している様態が時間的に長く持続しているということを表す場合と様態の強調として用いられる場合があるという<上付>6).また,川越(2014)は,促音・撥音・長音の強調要素がCVCVの前部1ヵ所にしか入らないものは,動作性を含めた評価的要素あるいは程度的要素を含むオノマトペについて,さらにその程度を強める要素であると指摘している<上付>7).これらによると,「ベタベタ」の派生形である「ベッタベター」と「ベーッタベタ」は,水分を含んだ小麦粉が手に密着する度合い,またはそれによる不快さの程度を,幼児が強調して表現しているものと言えよう.  なお,本調査では「ベチャベチャ」「ベチョベチョ」のような開拗音<上付>(2)を含むオノマトペも多数得られた.基本形では「グチャグチャ」「グチュグチュ」「グニャグニャ」「ニュルニュル」「フニュフニュ」「ベチャベチャ」「ベチョベチョ」,語中促音挿入による強調形では「グッチャグチャ」「グッチョグチョ」「ビッチャビチャ」「ベッチョベチョ」,語末長音化による強調形では「ネチャネチャー」「フニャフニャー」「ベチョベチョー」,語中促音+語末長音化による強調形では「ベッチャベチャー」と多種多様である.浜野(2014)によると,開拗音は雑多な物の立てる音,子どもっぽい落ち着きの無さを表すものが多く,制御の不十分さという意味を表すという<上付>1).「ベチョベチョ」であれば,幼児が音に着目する形で水分を含んだ小麦粉を混ぜる際に感じる不快感を表しているものと見ることができよう.  以上の考察から,幼児は小麦粉粘土活動において,水を含んだ小麦粉のまとわりつく不快な触感に着目し,「ベトベト」などの定型的なオノマトペに留まらず,促音・長音などの強調要素を挿入・追加することで,各自が抱いた感覚を細かく表現し分けていることが分かった.幼児にとってオノマトペは習得語彙で表しがたい感覚的な印象を表すうえで有効な言語表現であるが,保育活動における幼児のオノマトペは幼児が活動の中で抱いた気付き・感覚を保育者が知るための手がかりになっていると見ていいだろう. 2. 教材としての小麦粉粘土の有用性  現行の幼稚園教育要領(2008)において,「幼児教育は,幼児期の特性を踏まえ,環境を通して行うことを基本とする」と記されており<上付>10),保育者は日々の保育の中で幼児の成長を促すよう適切に環境構成を行うことを心掛けている.幼児が園で出会う人・もののすべては幼児の成長に関わる大切な素材であり,それらの素材を保育に取り入れ,活かしていく保育者の取り組みは,幼児の成長にとって非常に重要である.幼児は光,音,におい,味,寒暖,触った感じなどの外界の刺激を体で受け止め,さまざまに感覚を働かせて身の回りのものと関わっていく.それと同時に,自分自身でさまざまに体を動かし,自然やものをよく見たり,触ったり,動かしたりして目の前の対象が何であるかを知ろうとする<上付>3).こうした過程を通して,美しいものや自然に感動する柔らかな感性が育まれ,それと同時に,危険・不快な事象から自己を守る感覚が磨かれていくのである<上付>15).このような点を考慮すると,保育者はさまざまな感覚が得られる活動を保育計画の中に意図的に組み込んでいくことが必要であり<上付>17),そうした活動に適した教材を選択していくという大きな役割を担っていると言えよう.  幼児の遊びに適した教材の条件として「応答性の高さ」が挙げられる.応答性が高い教材とは,幼児の行為に対して適切な返事をしてくれる素材のことである.幼児は自己の行為に対して適切な応答を得ることで,自分の行動と環境との因果関係を体験的に理解することができる<上付>15).水のあるところをばしゃばしゃと歩いたり,さらさらした砂,どろどろした土に触れたりしながら,子どもはその面白さを体験するのである.応答性の高い素材は,土,水,砂など自然の中に多く存在するが,最近の幼児にはこうした素材で遊ぶ機会が減少している.自然空間の減少がその原因としてよく挙げられるが,テレビゲームなど電子遊具の普及の影響も大きい.保育者をはじめ,幼児の周囲の大人は,幼児が応答性のあるものと出会えるよう努力していく必要がある.  小麦粉粘土は,「触れる」「こねる」「伸ばす」などの行為に対して,形状の変化からさまざまな触感をもたらすものである.坂本・土井(1997)は,幼児・児童の小麦粉粘土活動を観察しながら,小麦粉粘土には紙粘土などとは違ってさまざまな応答性が含まれていると指摘しているが<上付>14),この指摘は本調査の結果からも裏付けることできる.語彙的にも形態的にも多様なオノマトペを駆使して小麦粉粘土の触感を表現している幼児の様子を踏まえれば,小麦粉粘土は幼児の多様な触感を引き出す「応答性の高い教材(素材)」の一つに相当するものと言えよう. Z. まとめと今後の課題  本稿では,小麦粉粘土活動における幼児の触感オノマトペを調査・分析し,その特徴と幼児の表現傾向を考察するとともに,保育教材としての小麦粉粘土の有用性について検討してきた.本稿の要点をまとめると,次のようになる.  (1) 小麦粉粘土活動における幼児の触感オノマトペは,小麦粉本来の乾燥した状態から得られる触感を表すものと,水分を含んだ状態から得られる触感を表すものに大きく分けられるが,後者の方が出現数が多く,その語・形態も多様である.  (2) 幼児は小麦粉粘土活動において,水を含んだ小麦粉のまとわりつく不快な触感に着目し,定型的なオノマトペに留まらず,促音・長音などの強調要素を挿入・追加したり,開拗音を用いたりすることで,各自が抱いた触感を細かく捉え,表現し分けている.  (3) 語彙的にも形態的にも多様なオノマトペを使用して,小麦粉粘土から得られる触感を表現している幼児の状況を見ると,小麦粉粘土は幼児の触感を引き出す「応答性の高い教材」であると言える.  今後は,3歳未満の低年齢児も対象として調査を行い,小麦粉粘土活動における幼児の触感オノマトペの傾向を年齢別に見たり,本調査とは異なる方法で小麦粉粘土を製作させて,製作方法の違いによる幼児の触感オノマトペの表れ方の違いを見たりするなどして,小麦粉粘土活動における幼児の触感オノマトペを多角的に見ていくことにしたい. 付記  本研究は平成27年度日本女子体育大学共同研究(研究課題「保育活動における幼児のオノマトペに関する研究−粘土造形活動を例にして−」)の助成を受けて行ったものである. 謝  辞  本研究にご協力くださった保育所・幼稚園の教職員の方々,園児の皆さまに厚く御礼申し上げます. 注 (1) Cは子音を,Vは母音を表す.「ベタベタ」は子音,母音,子音,母音の連鎖からなる「ベタ」を語根とし,それを重ねて一語(畳語)にしたもの.(浜野祥子(2014)『日本語のオノマトペ−音象徴と構造−』くろしお出版,p.5) (2) 拗音の一種.直音カ[ka]ク[ku]コ[ko]に対するキャ[kja]キュ[kju]キョ[kjo]のような音のこと.(飛田良文・遠藤好英・加藤正信ほか編(2007)『日本語学研究事典』明治書院,pp.102-103) 引用文献 1) 浜野祥子(2014)『日本語のオノマトペ−音象徴と構造−』くろしお出版,p.23,26,39,46 2) 原子はるみ・奥野正義(2007)「保育活動におけるオノマトペ表現の有効的機能に関する一考察」『北海道教育大学教育実践総合センター紀要』第8号,pp.167-174 3) 福元真由美(2013)「幼児教育の現代的課題と領域『環境』」無藤隆監修・福元真由美編者代表『事例で学ぶ保育内容 領域環境』萌文書林,p.174 4) 早川智彦・松井茂・渡邊淳司(2010)「オノマトペを利用した触り心地の分類手法」『日本バーチャルリアリティ学会論文誌』Vol. 15 No.3,pp.487-490 5) 池田仁人・戸北凱惟(2005)「低学年児童の『気付き』の表現に関する研究−生活科におけるオノマトペの機能−」『理科教育学研究』Vol. 45 No.3,pp.1-10 6) 角岡賢一(2007)『日本語オノマトペ語彙における形態的・音韻的体系性について』くろしお出版,p.78,83 7) 川越めぐみ(2014)「山形県寒河江市方言におけるオノマトペの強調法」『名古屋学院大学論集 言語・文化編』第25巻第2号,pp.39-49 8) 近藤綾・渡辺大介(2008)「保育者が用いるオノマトペの世界」『広島大学心理学研究』第8号,pp.255-261 9) 近藤綾・渡辺大介・太田紀子・伊藤祥子・小津草太郎・越中康治(2008)「保育における自然体験活動でのオノマトペ表現に関する実態調査」『幼年教育研究年報』第30巻,pp.113-119 10) 文部科学省(2008)『幼稚園教育要領解説』フレーベル館 11) 小川鮎子・下釜綾子・高原和子・瀧信子・矢野咲子(2013)「幼児の身体表現活動を引き出す言葉かけ−オノマトペを用いた動きとイメージ」『佐賀女子短大研究紀要』第47集,pp.103-116など 12) 小野雅弘編(2007)『擬音語・擬態語4500 日本語オノマトペ辞典』小学館 13) 芋阪直行編著(1991)『感性のことばを研究する 擬音語・擬態語に読む心のありか』新曜社,pp.1-26 14) 坂本真哉・土井進(1997)「幼児期・児童前期における応答性のある教材の意義についての研究−信大YOU遊サタデーにおける小麦粉粘土の実践から−」『日本教材学会年報』(8),pp.147-149 15) 高山静子(2014)『環境構成の理論と実践 保育の専門性に基づいて』エイデル研究所 16) 田守育啓・ローレンススコウラップ(1999)『オノマトペ−形態と意味−』くろしお出版,p.1 17) 山田有希子(2013)「幼児教育の現代的課題と領域『環境』」無藤隆監修・福元真由美編者代表『事例で学ぶ保育内容 領域環境』萌文書林,p.90 18) 湯澤質幸・松崎寛(2004)『音声・音韻探求法 日本語音声へのいざない』朝倉書店,p.24 (平成28年9月15日受付 平成28年12月14日受理)