<資料> 平泳ぎのキック練習における動作と泳動作との関連性 Relationship between movement of the kick exercise and swimming of the breast stroke kick 北 川 幸 夫<上付>1)  金 沢 翔 一<上付>2)  森 山 進一郎<上付>3) Yukio KITAGAWA, Shoichi KANAZAWA and Shinichirou MORIYAMA Abstract  The purpose of this investigation was to compare the three types of kick motions 1) with kick board, 2) without kick board, and 3) normal kick during breaststroke swimming. Ten competitive collegiate female swimmers were participated in this study. They performed 15m breaststroke leg kick with board, without board and normal swimming with their maximal effort. The motions of leg kicks filmed using video camera and were analyzed using the three dimensional DLT method. As results, there were no significant differences between all types of kick motion in joint angle of ankle, knee and hip. These findings suggested that all types of kick training are effective for improving the breaststroke swimming performance in competitive swimmers.  Keywords :kick with kick board, kick without kick board, normal kick during breaststroke swimming T. はじめに  平泳ぎは4種目泳法の中で記録が最も遅い種目である.その原因は,手足の動作が水中で行われるために常に水から抵抗を受けるからである.そのため平泳ぎにおいてはこの抵抗をいかに少なくし,推進力を増大させるかという観点から様々な泳法の変遷が見られる.1933年にはアメリカのマイヤースが腕のかき動作を腰の後ろまで行い,その後のリカバリー動作を水面上で行うバタフライ式平泳ぎで泳いだ.通常の平泳ぎにおける腕のかきは肩よりも前でかき終わるが,バタフライ式平泳ぎは腰の後ろまでかくために推進力が増大し,しかもリカバリー動作は水面上で行うために水からの抵抗を避けることが出来る.これにより,泳法の有利さからバタフライ式平泳ぎを取り入れる選手が増えたため,この泳法は1956年にバタフライ泳法として平泳ぎから独立した.また,1956年オリンピック・メルボルン大会においては古川勝が水面上の造波抵抗を避けるために潜水泳法を用いて200m平泳ぎで金メダルを獲得した.しかし,この泳法も練習中に失神する選手が出たり,レース中の泳ぎが観客から見えにくい等の理由により禁止され,その後,頭部が常に水面上に出ていなければならないという競技規則に変更された.この規則の下では,身体を水平にして抵抗を少なくして泳ぐフォーマルストロークや身体の上下動を利用して泳ぐナチュラルストロークが主流となった.さらに1986年の競技規則改定により頭部の水没が許されるようになってからは身体のうねりを利用して泳ぐウエーブストロークが誕生した.  この様な泳法の変遷を経て,平泳ぎの記録は著しく向上してきたが,1ストローク中のスピード変化において脚のリカバリー動作時に最もスピードが低下すること<上付>10)や,全体の推進力に対するキックの貢献度が他の種目に比較して高い<上付>9)という泳法としての特徴は変わっていない.以上のことから平泳ぎの競技力向上のためにはキック力向上を図ることは不可欠であり,平泳ぎにおいてキックの練習は重要な内容となる.  水中トレーニングにおけるキック練習の方法はビート板を用いて行う板キックや両腕を頭上で組みストリームラインを保って行うグライドキック等が主となる.しかしながら,キック練習での動作と通常の泳ぎにおける脚の動作に大きな差異がある場合は競技会において有効な練習効果が期待できないこととなる.これまで平泳ぎのキックに関する研究ではキック推力メカニズムに関するもの<上付>18)や足首の柔軟姓とキック力の関係について報告されたもの<上付>11)があるが,キック練習時の動作とスイムにおける脚の動作との関連性について着目した研究は殆ど報告されていない.  そこで本研究は大学女子水泳部員を対象にキック練習時の動作と通常の泳ぎにおける脚の動作について比較検討し,キック練習の有効性について明らかにすることを目的とした. U. 方  法 1. 被 験 者  被験者は大学女子競泳選手10名(身長1.61±0.05m,体重53.51±3.54kg)であった. 2. 試  技  被験者にはビート板を用いてのキック(以下,板キックとする),頭上で両腕を組んでストリームラインを保ったまま水中で行うキック(以下,グライドキックとする)及び通常の平泳ぎ(以下,スイムとする)それぞれを壁から15mまで最大努力で泳がせた. 3. 撮影方法  VTR撮影は,図1に示したように水中用ハウジングに入れた2台のビデオカメラを被検者の斜め後方に設置した.2台のカメラにはLEDライトを取り付け映し込み,被験者が壁を蹴ってスタートしてから10m通過地点付近でLEDライトを点滅させ2台のカメラを同期させる際に使用した.  身体分析点はつま先,かかと,足首,膝,大転子,腰部の6点の左右計12点とした.撮影した空間の3次元座標軸は水深1mの床に原点を置いた.計測は画像解析ソフトウェア(FrameDiaz4,DKH社製)を用いてデジタイズを行った.3次元分析のための較正点は,撮影範囲(X:2.0m,Y:3.0m,Z:0.8m)に48点の較正点を用いて行った. 4. 分析方法  得られたデジタイズデータは3次元DLT法を用いて3次元座標を算出して,足関節(つま先・かかと・足首による角度),膝関節(足首・膝・大転子による角度)および股関節(膝・大転子・腹部による角度)の最小角度を分析した.それぞれの試技より得られた最少角度の平均値の比較には,繰り返しのある一元配置分散分析を用いた.なお,統計的有意水準は,5%未満とした. V. 結  果  足関節角度を図2に示した.板キック56.04±6.79°,グライドキック54.46±6.02°およびスイム58.61±5.79°であり,いずれの試技条件間にも有意な差は認められなかった.  膝関節角度を図3に示した.板キック42.33±8.60°,グライドキック37.63±4.38°およびスイム37.45±8.75°であり,足関節同様にいずれの試技条件間にも有意な差は認められなかった.  股関節角度を図4に示した.板キック128.56±7.74°,グライドキック124.11±9.93°およびスイム127.66±7.44°であった.3試技間に有意な差は認められなかった. W. 考  察  本研究では大学女子水泳部員を対象にキック練習時の動作と通常の泳ぎにおける脚の動作について比較検討し,キック練習の有効性について明らかにすることを目的とした.  平泳ぎにおけるキック動作は単に足で水を真後ろへ押すのではなく,足をプロペラのように外側へ下向きに,そして内側へと回している.単に足で水を真後ろに押す動作のみではキックによる推進力は抗力が主となり揚力が生じにくくなるために大きな推進力が生じない.従って,足首を背屈させたり,外反させたりする柔軟性は蹴り出しの時に生み出す推進力の大きさに関係している<上付>1)8).  足関節角度についてはキック動作を開始する直前の角度であり,足首の柔軟性が高いほど角度が小さくなり,蹴り出し時に生じる推進力も高くなるものと推察される.これまで蹴り出し時の足関節角度に関する報告例は著者等の文献猟歩の範囲では見られなかったが,本研究結果ではスイム時が58.61±5.79°であった.また,他の試技とも有意な差は認められなかったことから足関節に関しては板キックおよびグライドキックによる練習はスイムに結びつく練習であると考えられる.  膝関節角度についてもキック動作を開始する直前の角度であり,膝関節の柔軟性が高いほど角度が小さくなり,蹴り終わりまでに生じる推進力も高くなるものと推察される.これまで蹴り出し時の膝関節角度に関する報告例も足関節角度と同様に著者等の文献猟歩の範囲では見られなかったが,本研究結果ではスイム時が37.45±8.75°であった.また,他の試技とも有意な差は認められなかったことから膝関節についても板キックおよびグライドキックによる練習はスイムに結びつく練習であると考えられる.  しかしながら膝関節角度は股関節角度と関連して考察を進める必要性がある.股関節角度は脚のリカバリー動作が終了した時点の大腿部と胴体部のなす角度であり,角度が小さいほど大腿部に受ける水の抵抗が大きいことになる.この抵抗の影響により,世界のトップレベルの選手でも0.1秒程度進行が停止する<上付>10).従って大腿部に水から受ける抵抗を極力少なくなるように膝関節を曲げながら脚のリカバリー動作を行うことが重要となる.この時の股関節角度については110°〜130°<上付>4)9)や120°<上付>13)14)が適正と指摘されており,本研究結果と一致するものであった.また,他の試技とも有意な差は認められなかったことから股関節角度に関して板キックおよびグライドキックによる練習はスイムに結びつく練習であると考えられる.  以上のことから下肢関節角度において試技条件間の差は認められなかったことから,よく鍛錬された競泳選手においては,板キックやグライドキックといった身体の部分トレーニングであったとしてもスイムとほぼ同等の動作を行うことができる可能性が示唆された.競泳トレーニングは,競技会で行われるスイムでのパフォーマンスを高めるために行うが,競泳選手においてはキックだけというスイムの一部分だけを行うトレーニングでも,泳動作の観点から見るとスイムのパフォーマンス向上につながるものと考えられる.従ってキック動作に特異的な筋力を向上させるためにゴムチューブやポリバケツ等を引っ張りながら板キックを行うことも有効なトレーニング方法になるものと思われる.さらに,例えばキック動作について何かしらの問題点を有する選手に対して,指導者がその選手のキック動作を修正する場合,必ずしもスイムで泳がせる必要はなく,キック動作だけでドリルを行わせ,その後キックだけのトレーニングで獲得させたい動作の定着化をはかり,最終的にスイムにおける望ましいキック動作へとつなげる,といった過程を経ることも有効なコーチング法の1つと思われる.今回は下肢関節の最小角度により検討を行ったが,今後はキック動作の軌跡や平泳ぎの専門性を加味した検討も必要になると思われる. W. ま と め  本研究の目的は大学女子水泳部員を対象にキック練習時の動作と通常の泳ぎにおける脚の動作について比較検討し,キック練習の有効性について明らかにすることであった.  その結果,足関節,膝関節および股関節の角度において,板キック,グライドキック,スイム間において有意な差は認められず,試技条件による影響を受けない可能性が示唆された.  以上のことから板キック,グライドキック共にスイムでのキックと相違は見られず,平泳ぎのキック力向上に貢献できる練習法であることが示唆された. 付記  本研究は平成27年度日本女子体育大学共同研究費の助成を受けて行ったものである. 参考文献 1) E.W. マグリシオ:高橋繁浩・鈴木大地監訳(2005)スイミングファーステスト,p.278,ベースボールマガジン社,東京. 2) 堂下雅晴(2005)第19回即効!ピンポイントレッスン,スイミングマガジン,29-11:18-21. 3) 合屋十四秋,鶴峯治,高橋繁浩(1991)2方向同時撮影による平泳ぎトップスイマーのタイミング動作の解析,デサントスポーツ科学,12:83-92. 4) 東島新次(2005)水泳4泳法上達Book,p.100-101,成美堂出版,東京. 5) 本間正信,本聞三和子,萬久博敏(1998)立泳ぎの3次元動作分析,日本体育学会大会号49:515. 6) 角川隆明,仙石泰雄,椿本昇三ほか(2015)平泳ぎキック動作中に働く非定常流体力と足部表面の圧力分布の関係,体育学研究,60-1:165-175. 7) 角川隆明,武田剛,椿本昇三(2010)足部の圧力分布測定による平泳ぎ下肢動作の考察,水泳水中運動科学,13-1:22-28. 8) 金子日出澄(2007)水泳 クロール・平泳ぎ完全マスター,p.112-117,主婦の友社,東京. 9) 加藤健志(2008)DVD上達レッスン 水泳,p.80-85,成美堂出版,東京. 10) 河合正治(1991)泳ぎの技術を考えてみよう,スイミングマガジン,15-8:60-63. 11) 国方正一,松井敦典,杉原潤之輔(1992)効果的な平泳ぎキックを生み出す要因について,日本体育学会大会号,43:717. 12) 森下愛子,船渡和男(2010)平泳ぎの1ストローク中の速度変動と水中動作の関連性,慶應義塾大学体育研究所紀要,49-1:9-13. 13) 中村真衣(2011)部活で大活躍できる水泳,p.42-43,メイツ出版,東京. 14) 奥野景介(2011)DVD完全レッスン 水泳,p.93,日本文芸社,東京. 15) 田場昭一郎(2001)平泳ぎ選手のストローク技術とタイミング動作におけるバイオメカニクス的研究,福岡大学スポーツ科学研究,31:37-41. 16) 高木英樹,清水幸丸,松井敦典(1999)平泳ぎのストローク技術に関する流体力学的考察−手部に生じる流体力と推進力の関係から,水泳水中運動科学,2:33-41. 17) 高橋繁浩(2007)第12回理想のフォームを作るドリルマニュアル,スイミングマガジン,31-4:38-39. 18) 竹島良憲(2013)ブレストストロークのプロペラのようなキック推力の解析方法,水泳水中運動科学,16-1:31-39. 19) 鳥海崇,森下愛子,渡辺一仁(2013)巻き足動作の強さと巧みさとの関連について:大学水球部員による3次元動作分析から,慶應義塾大学体育研究所紀要,152-1:33-37. 20) 吉村豊,高橋雄介(1997)スイミング,p.30-38,池田書店,東京. (平成28年9月13日受付 平成28年12月14日受理)