<報告> 中学校・高等学校における,ダンス指導に 有用な映像コンテンツの開発 Creating Effective Visual Contents for Dance Education at Junior High and High Schools 宮 本 乙 女<上付>1)  松 山 善 弘<上付>2)  松 澤 慶 信<上付>3)  小 山 佳予子<上付>4) 坂 本 秀 子<上付>5)  八 木 ありさ<上付>6)   野 美和子<上付>7)  岩 淵 多喜子<上付>8) Otome MIYAMOTO, Yoshihiro MATSUYAMA, Yoshinobu MATSUZAWA Kayoko KOYAMA, Hideko SAKAMOTO, Arisa YAGI Miwako TAKANO and Takiko IWABUCHI Abstract  Dance became a compulsory subject for Japanese junior high school Grade 1 and Grade 2 students in 2012, but there are challenges associated with the instructors' ability to teach dance. There are websites that present dance videos that claim to be teacher-oriented but mostly do not go beyond being merely methods for practicing street-dance steps or being choreography videos. In this study, teachers with a Dance Studies major proposed topics useful for teaching dance in junior and senior high schools from among their respective specialized dance genres and developed and presented visual contents for problem-solving types of classes. With respect to creating classes, tips on to how to show the points and allocation of time were added. The visual contents created by utilizing the unique problem-solving teaching styles of the instructors, along with the reflections from the research team and the Web input, had the potential to provide a new perspective on dance education for junior and senior high schools and enable its improvement. Using the Web for distribution of the visual contents led to a lot of views but collection of evaluations could not be adequately secured.  Keywords :Dance, visual contents, problem-solving teaching style, junior and senior high schools T はじめに  2012年度よりダンスが中学校1・2年生で必修となったが,中村ら(2014)の調査<上付>5)によれば,中学校では教員のダンス指導力に課題があり,十分な対応ができていない状況であった.そのため,これらの問題を克服するために,現職教員への研修の充実が求められている.しかしながら,現職の教員が数多くの研修に出ることは難しい.  こうした状況で,教員が利用すると考えられるWebサイトには,教員向けと称したダンス映像を公開しているものがある.例えば,「ダンス授業」「中学校」を検索キーワードとしてWebサイトの動画を検索(Google 2016.8.31)した際,上位30件を分類した結果は表1の通りである.  上位30件に限ってではあるが,概観して,中学校にヒップホップダンスというジャンルが入ったという誤解を招く表現が多く,単にストリートダンスのステップの練習法や振り付け作品そのものの映像にとどまっているものが多い.授業の進め方を初心者の教員向けに丁寧に解説しているものは見当たらない.  松本等は,創作ダンスの課題解決型の学習において,その題材の元となる内容選択の柱を提案している<上付>1).現在その柱から,実践されて有効性が確認されている題材はすでに学習指導要領の題材例として解説書に掲げられているものも多い<上付>(1).松本等は,この内容選択の柱からさらに多くの有用な「新しい表現性(美的形成と技術)に気づかせる」題材を開発できるとしている.  以上のような背景から,この研究チームでは,中学校・高等学校の保健体育科教員向けに,ダンス指導に有用な映像コンテンツを開発しようと考えた.  研究チームには,様々なダンスジャンルの専門性を有する教員や,美学を専門とする教員がいる.これまで通常の教育舞踊(学校体育におけるダンス)の題材としては使われてこなかったダンスジャンルなどから取り組む題材開発は,まさに,松本等の示唆する新しい題材の提案につながるのではないかと考えられる.授業作りにあっては,長く中学校で教育舞踊に携わっている教員もいる.このチームで開発した新しい題材による授業を映像で提案することは,現場の教員の実践に具体的なヒントとなるのではないだろうか.芸術関連の学科ではなく,体育学科の中に舞踊専攻を擁する本学ならではの特性を生かして,社会への発信を期待できる. U この報告の目的  本稿は,本学舞踊学専攻教員がそれぞれの得意なダンスジャンルから,中学校・高等学校のダンス指導に役立つ題材を提案し,授業スタイルに構成して作成した映像コンテンツを公開した経緯と現段階で得られた成果を報告するものである. V 研究方法 1. 教員用映像コンテンツ開発の指針の検討  研究チームの人数や収録できる日程,また視聴者の視聴時間などを考慮して,以下の様に開発の指針を決定した. ・提案する題材(授業数)は7人の実技指導者が8つ程度とする. ・映像の長さは1単位時間50分授業のダイジェスト版で20分程度とする. ・公開された映像視聴後にアンケートを記入してもらい,フィードバックを得ることとする. 2. 先行研究の検討と題材の選択  先行研究<上付>4)より,今回の授業作りのモデルは,一時間完結の課題解決型の授業とした.実践者それぞれが専門とするダンスジャンルから題材を提案し「その題材をどう示すか」「その題材で学習者からどのような内容を引き出すか」については,複数教員で検討した. 3. コンテンツの作成とWebでの公開 @ カメラ3台および指導者用マイクによって収録を行った. A 編集を行い,キャプションを入れ,授業者の意図や解説を加えた. B Webをデザインしたのち,大学内サーバー申請を行った.日本女子体育大学のホームページから入る「舞踊学専攻」のページにアップした.映像部分はYouTubeにリンク,アンケート部分は,Googleフォームとリンクさせた.掲載タイトルを「ダンス指導に役立つ映像コンテンツ」とした.   http://exp5.jwcpe.jp/ C 各教員が,はがき,ちらし,メール等でコンテンツの宣伝を行った.  ※@ABの作業にプロのカメラマン,編集者,デザイナーの協力を得た. 4. 評  価  Webのアンケート結果及び実践映像を,実践者本人と他の教員で振り返り,見いだした視点や課題を確認した. W 結  果 1. 授業の題材選択の過程で検討したこと  まずは中学校現場で長く実践してきたメンバーが,中学校学習指導要領の例示にあり,学習指導で成果が認められる「走る−止まる」<上付>2)に倣って,「走る−見る」という題材による指導案を先行的に作成した.この指導案を検討した上で,各教員がそれぞれの専門と経験を生かして題材を提案し,複数で討議しながら課題解決型の授業に構成した.共通の授業展開は表2の通りである.  取り上げる題材によって,学習者のどのようなダンス技能を高めたいのか,それぞれ特徴を持った提案になるように検討を重ねた.また,大学生をモデルとして授業を行うことから,視聴者が実際の授業を想起しやすいように,対象に応じた検討事項などを解説で補うこととした. 2. 各教員が提案した授業と評価  映像コンテンツでは,それぞれの題材のポイント解説,提案者の特長の紹介と実際に中学校・高等学校で実践する際の留意事項,50分授業をどのようにダイジェストにしているかを文字情報で示した.視聴者が,実際にこの題材を実践可能かどうかについてコメントを残せるアンケートフォームを組み込んだ.  映像はYouTubeを利用しており,YouTube側から検索して閲覧されている映像もあったと考えられ,8つのコンテンツの閲覧数は,2016年8月時点で414回から,多いものは3914回であった.  公開を開始した2015年11月から2016年8月までで,アンケートの入力は43件であった.内訳は,大学教員17,高校教員3,中学校教員7,小学校教員1,幼稚園4,振り付け家・ダンサー1,表現関係職1,生徒・学生9である(同一人が複数のコンテンツに入力した場合複数カウント).回答者数が少ないため,回答者の属性による回答内容の傾向を読み取ることは出来なかった.  アンケートに入力された意見(学生を除いた34の内訳)としては,「実践できる」27,「修正して実践できる」5,「その他」(実践してみたい・1部をピックアップ)2であった.  各コンテンツの概要及び,教員がWeb評価を受けて実践を振り返り検討したことを表3〜表10に示した.評価は,アンケートの自由記述コメント欄に記入された全28件の内,学生の入力した2件を除いて掲載した.  それぞれのダンスジャンルの専門家としての教員と学校現場でダンス学習指導を重ねてきた教員との振り返りにより,新たな気づき,改善点,工夫点等が導き出された.以下に述べる(ここでは「走るー見る」「動きで表すオノマトペ」は,中学校実践の長い指導者による提案であるため,省略した). 「漢字を使って感じよう」 この実践者は題材開発にあたり「考えるよりもまず感じて動くこと」を意識したと話している.学生の動きを丁寧に待って,できあがったら「何を思ってそう動いたの?」と問いかける.学生が感じたことを,問いかけながら認めていき,そしてその過程を半分の学生に見せながら進めた.現場では,とかくてきぱきと進めたいと考えがちであるが,このように問いかけながら引き出していくところには,学ぶべき点があると感じた.中学校・高等学校の生徒向けの授業にして行くには,課題が難しいと感じないように楽しみながら動いていける工夫が更に必要だと言うことや,中学校の基本的な段階であればもう少し短い時間で運動量を確保するようにテンポよく動くことも必要かもしれないと話しあった. 「洗濯機ダンス」 実践者はこの題材について「即興的な部分,人やリズムに合わせて動くリズムダンス的な部分により成り立っており,いくつかの別の要素を繋げる事によって作品を踊ったような気持ちを味わえるようにしている.」と語っている.そして,幼稚園の事例などをあげて対象の年齢や要求に合わせて変化させることができると説明している.このようなフレームを生かして現場の教員が工夫をすることで,楽しい作品構成が出来るのだという大きなヒントを得ることができた.また学校現場ではリズムダンスと創作ダンスを学習指導要領上の区別から別のものと考えがちだが,どちらも大事であり合わせて扱う楽しさを伝えたいという実践者の意図が示された.現場の教員によりよくカスタマイズしてもらえるヒントの掲載も今後検討したい. 「ポーズをつないで動きを作る」 この実践者は題材開発にあたり「自然な動き」「自らが発した動き」を引き出すために,どの程度の情報が必要か,答えを学生にゆだねる時間がどれ位いるのかという点を意識しながら指導したという.体育授業ではつい忙しく声をかけがちであるが,この実践者の語るように学生や生徒の「世界観」を大事にするという考えから学ぶべきものがある.実際の指導場面では,「自分の動きに自信を持つ」「ポーズもダンス」ということをホワイトボード等に掲示して強調しており,これは生徒に示したい新しい視点だと感じられた. 「闇に光を放つ」 この実践者は学生に語りかけながら,イメージの中に溶け込ませ,即興的な動きを引き出すことができる.実際に手をこすってその熱を感じるところからの導入に思わず引き込まれた.普段ダンスに親しんでいる学生を相手にした授業では,教師が言葉と音楽で誘導しながら動かし続ける時間を長く設定するが,中学校・高等学校の初心者である生徒を対象とした時にはもっと短めにしていかないと気持ちが保てないのではないかということを話し合いながら授業作りをした.実践者は,授業で意図した2つ目のねらい「仲間とイメージを共有しながら関わって踊ること」についてもホワイトボードに掲示すればよかったと,視覚情報の効果も意識するようになった. 「白鳥」 この実践者の専門がクラシックバレエであるため,最初は研究チーム内でも題材の開発に戸惑いがあった.しかし,「バレエの三大原則」から目指すべき技能目標「エレベッション」を選び出し,白鳥というイメージを掛け合わせるというアイディアが生まれて,クラシックバレエで用いられるバーやセンターのレッスンではない方法で技能を伝えるという,授業の具体的なイメージが浮かんだという.白鳥の様々な動作の写真を用意したり,ホワイトボードへの掲示を工夫したりすることにより,より伝わりやすい授業のスタイルを創り上げていった. 「マイ・シグネチャー」 この実践者は「ダンスセラピーとしては教材の可能性を広げて行けそう」だと感じたが,中学校・高等学校のダンス授業を強く意識しないで実践したと振り返る.しかし,実際の授業提案からは,教師の声かけによってゆっくり自分と向かい合うことや,友達と体やクレヨンで形を描きながら交流して行くことの中で,自分を見つけていくというセラピーの手法が,仲間との関わりの中で自分のダンスを見いだしていく授業の中に生かされるという実感を得た.ダンスに取り組み始めたばかりの頃であれば,「気分」に強くとらわれずに,オリジナルな動きの多様な特徴を捉えることに集中する進め方の工夫ができそうであり,描画を用いる際の解説の方法なども丁寧に検討したいという,今後に向けての方向も見いだせた. X まとめ 1. 映像コンテンツの内容について  研究チームでの振り返り,およびWeb入力内容から,課題解決型の授業スタイルでそれぞれの教員の特長を生かして作成した映像コンテンツは,中学校・高等学校などのダンス教育現場に新しい視点を提供し実践できる可能性を持っていると判断できた.  課題解決型の授業を構成するにあたっては,その題材でどのようなことを生徒から引き出そうとしているか,何がよい動きとして評価できるのかをはっきりさせ,短い言葉で示すことなどにより,学習者と教師がそのポイントを共有できるのではないかということを確認した.  ダンスの専門家,大学教員が中学校・高等学校向けに50分の授業を想定する場合,教師から与え動きを引き出す時間と生徒が活動する時間の配分の工夫を必要とした.  今回のコンテンツ開発とそれに対する評価を通して,新たな題材開発への意欲を持ったことも成果のひとつであると考えられる. 2. 映像コンテンツの配信方法について  コンテンツの配信にWebを活用したことによって,視聴数は多かったが,評価の収集は十分にはできなかった.本学のホームページの掲載場所など,公開方法や宣伝に工夫が必要であると思われる. 謝  辞  映像コンテンツ制作にあたり押止友二,伊藤祐輔両氏に多大な協力をいただいた.感謝申し上げる.  本研究は2014年度二階堂共同研究の助成を受けて行ったものである. 注 (1) 松本等の提案した課題選択の柱に基づく例として,「伸びる−縮む」「走る−止まる」「走る−跳ぶ−転がる」「集まる−とび散る」「新聞紙」「ねじる−回る−見る」「大回り−小回り」「序破急」などが学習指導要領の例示<上付>3)に記されている. 引用文献 1) 松本千代栄他(社)日本女子体育連盟 授業研究グループ(1999),舞踊課題と創作学習モデル そのU−学習内容の選択とその展開−,(社)日本女子体育連盟紀要 '98-1:p.249およびp.255 2) 宮本乙女(2011)ここから始めるダンスの授業6時間の単元例3時間目「走る−止まる」:明日からトライ!ダンスの授業(全国ダンス・表現運動授業研究会編),p.14-17,大修館書店,東京. 3) 文部科学省(2008)中学校学習指導要領解説 保健体育編,東山書房,京都. 4) 中村恭子(2011)ダンス学習の内容と方法:明日からトライ!ダンスの授業(全国ダンス・表現運動授業研究会編),p.140-143,大修館書店,東京. 5) 中村なおみ,宮本乙女,中村恭子他4名(2014),中学・高等学校におけるダンス教育推進に向けての調査及び取り組みについての研究,笹川スポーツ政策研究 3(1):230-239. (平成28年9月15日受付 平成28年12月14日受理)